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TITLE:アナザー・センチネル[9] 補足付き再投稿
AUTOR:団長
DATE:06/11(月)01:49


第2章その1.観測室の突撃隊長の暴走、あるいは趣味と実益を兼ねた確信犯的過剰投資

 宇宙歴0088.06.24 AM03:00。釜山港。
 ハウンドは飼主が誰であろうと懐かない。
 ハウンドは上司が誰であろうと背かない。
 ハウンドは標的が誰であろうと躊躇わない。
 だから、ハウンドなのだ。ハウンドと言う名はある意味群体的性格を帯びたものだ。それは一つにして多であるが故に死ぬことが無く、多にして一つであるが故に迷わない。
 ハウンドは地球と言う権力機構そのものに忠誠を誓った猟犬である。したがって、その行動は時として超法規的判断により犯罪行為を公然と行なうことがある。ラーフラ商会を別件逮捕し、証拠品差し押さえの名のもとに商会がシース・グリム隊から買い取ったMSを徴発したのもその一つであると言えよう。
 しかし、徴発したMSを確認したそのハウンドは若干の失望を隠せなかった。なぜなら、地球圏において最高峰の一つであるハウンドの情報網によれば、眼前のMS達の他に数体のMSが存在するはずであったからであった。それらの確保も彼の任務のうちであり、そのためシース隊の身柄を確保する必要があった。

 その後行動に移ったハウンドであったが、若干の油断から沖縄ではシース隊の確保に失敗し、挙句彼らの行方を見失ってしまっていた。ただし、ラーフラ商会に売らなかったMSは一個小隊分もあり、通常の人間には隠せるものではないはずであった。ハウンドは幾つかの候補地の中からシース隊が以前潜伏していた、朝鮮半島の釜山港近郊の廃棄基地の調査を行なっていた。
 ハウンドはこの場にMSがあるとは思っていないが、何らかの手掛りがあることは確信していた。

 宇宙歴0088.06.24 AM08:00。香港。
「と、言うわけだから。すまないね、フタバ」
 セイジが、そう優しい言葉を発してから一晩がたった。

 昨晩、ルミナ=ラミナからの助言を受けたセイジ=ヤシマ少佐は、彼の秘書官であるフタバ=ムラサメにMSが売買された時に動いたであろう資金の流れの調査を依頼した。
 このフタバ=ムラサメは対外的にはセイジ=ヤシマの恋人であると認識されており、口の悪い者等は「名門ヤシマ家の若造がコネで少佐になっただけでは飽き足らず恋人までも職場に引きずり込んでいる」などと言って憚らない。また、セイジの父であるコウゾウ=ヤシマ提督が彼らを庇う節があるため、余計にそういった風評が立っている。そして、セイジもあえてそれを否定しようとはしていなかった。
 これは、実の所フタバ=ムラサメという女性の特殊性が大きく関与している。彼女もかつてセイジと敵対関係にあった強化人間の研究者ラルターク技術少尉の手による強化人間なのである。さらにいえば、初期において完成されていない技術で調整された彼女は、精神および記憶が著しく不安定であり結局のところ廃棄同然に使い殺されそうになったところをセイジが救った経緯がある。
 そのため、セイジは自分が下手に釈明し、彼女の過去が公になることを恐れ、それくらいならば自分が悪く言われることを望んだと言うわけである。ヤシマ提督としても不本意だがセイジの好きにさせていると言うのが本当のところのようだ。もっとも、ヤシマ提督がフタバを実の娘のように溺愛しているとの噂もあるが、氏の名誉のためにも憶測で物を言うのは避ける。結局のところ、息子だけでなく娘も欲しかったというのは事実であろうが。
 そのような状況にあるが、セイジとフタバはそういった方面に関しては非常に幼いところがあるらしく二人の関係は非常に事務的であり、かつギクシャクとしている。MSに乗らなくなったために精神が安定してきたフタバを刺激したくないと言うのがセイジの弁だが、彼の幼馴染であるところのリョウ=イチノセ氏に言わせれば、セイジに根性が無いだけだと言うことになる。

 ただし、そのリョウにしてもフタバに甘いと言う点では人語に落ちない。
 フタバが深夜まで仕事をしているのを見咎めるやいなや、さっさと彼女を休ませ後の仕事は彼の徹夜の原因となった。したがって、明朝の朝食前に報告書が出来上がったことに驚いたセイジは、その作成過程に対してもまた驚く羽目になった。
 セイジから見ればリョウもフタバと変わらない、いや肉体的にはより酷い損傷を受けており、そのため徹夜などは言語道断、悪魔の所業なのだが頑固な幼馴染には頭を痛めているといったところである。もっとも、リョウにしたところでセイジの過保護ぶりはもはや表彰物であり、フタバとの子供が出来た暁には親馬鹿の称号を欲しいがままにするであろう吹聴している。はたから見れば微笑ましい友情であった。
 報告書にもろくに目を通さず、通信機越しにリョウと言い争っているセイジはようやくその場に部下が居ることを思い出し、慌てて取り繕うが当然のことながら既に遅い。なんとか言い訳をしようとするが、それも結局のところ無駄であり、さらに言えば、セイジのここまでの背伸びしたような言い回しもその場に居る猛者どもにはヒヨッコのツッパリにしか見えていなかったであろう事は言うまでも無い。

 結局のところ、朝食前のミーティングはお流れになり、セイジは肩を落としながら一人報告書に目を通す羽目になった。そこにはラーフラ商会というジオンシンパのインド系の商人がMSを買い取ったこと、さらに、ラーフラ商会の所有する客船にMSが積載され、釜山に向かったことを知る。釜山に向う理由には、残りの商品の回収のためらしいことが記されていた。しかし、この時点ではその商品とやらが何なのかはわからなかった。
 セイジは事の流れからMSかなにかであろうと考えていたのだが、実際にはそのような生易しいものではないことを彼がこの時点で知りえなかったことを責めることは誰にもできない。

 宇宙歴0088.06.24 AM10:00。大和灘。
 朝食後、仕官クラスによるミーティングで、セイジは今後釜山に向かい、客船の動きを止めることを提案した。基本的に上官の命令には服従するヤタガミは当然のことながら依存は無かった。そして、このミーティングの参加者は彼だけだった。
 ミーティングに出席しなかったものの言い分は、現時点ではそれ以外の行動はありえないこと、またここが正式な軍隊でないことなどから、わざわざミーティングに出る必要性を感じなかったとのことだが、セイジは己の胃が掘削されていくことを感じざるを得なかった。

 さらにいえば、ミーティングどころか艦にすら居なかったものがいる。
 ルミナは早朝に宇宙からの小荷物を受け取るためと称し艦から離脱している。どうやら、レヴィン=レイクサイドの着水地点が判明したらしく、小躍りしながら太平洋へと旅立った様を警備員が目撃している。彼女はセイジの命令書をはためかせ、艦に備えつけの小型艇を使用したようだが、セイジが許可したのはFAZZの使用であって、軍の備品の無断借用は許した覚えは無かったのだが、いまさら警備員を責めるわけにはいくまい。セイジはさらに己の胃が掘削されていくことを感じざるを得なかった。

 そのころアリスは、警戒の名のもとに百式の設定の再調整を行なっていた。メガフロート戦では得意の足が生かせず百式の特性を発揮できなかったので不満であるらしく、しきりに設定を変えては微調整を行なっていた。
 突然、百式改の強化されたレーダーは宇宙からの突入艇の影を捕らえた。シミュレーションのために繋いであった船体の大型コンピュータは突入艇は朝鮮半島、釜山付近に着陸することを告げた。同時に猛烈な雑音と共に突入艇から発信される情報を受信する。調整のため電源が入ったままであった戦術コンピュータが暗号と雑音を消去し、なんとか聞き取れる音を拾い、スピーカーがそれを流す。

 アリスの動きが止まった。
 若干の沈黙のあと、突如整備デッキを振り払い、歩き出す百式改。
 悲鳴をあげる整備員たち。しかし、アリスに静止の声は届かない。
 有無を言わせず発射されたバルカンはMSデッキの発信制御装置を破壊し、艦橋からのコントロールを遮断する。 一切の躊躇無くハッチをこじ開け、百式特有の強力なブースターを全開にし、一気に飛び去る。

 全てがあっという間であった。
 浮上していたとはいえ、いきなりMSに内部を混乱させられた潜水艦は当然のことながら著しい浸水を受けることとなり、バランスを崩し、床を30度以上の斜面にしたところで何とか安定させる。

「何事だ?!敵の攻撃なのか?!」
 セイジは叫びながら艦橋に向ったが、艦橋のほうでも状況が確認できないでいたらしく、オペレータから有意な情報を得ることは出来ない。艦自体が混乱に陥っており、MS格納庫で何かあったことしかわからないのだ。有意な情報が入るのは上空を飛ぶ航空機からの通信を受けるまで、なかった。
 この時点で唯一まともな行動が可能な位置にいた男は不幸にもシンだけであった。シンは航空機用のカタパルトで作業をしていたためMS格納庫の混乱の直撃を受けずに済み、かつ、緊急発進することでなんを逃れたのだった。
 シンはアリスの百式が飛び去るのを確認したが、彼にしては賢明にもアリスを追わず、レーダーでのみ補足するに留め、それを艦に連絡したのだった。
「こちら、シン。少佐、アリスの様子は普通じゃなかった。いつも普通じゃないが、さっきは輪を掛けて、だ」
 彼独自の言い回しに、いらつきつつも何とか指示するセイジ。
「了解した。アリスさんを単独で生かせるわけにはいかない。連れ戻してください。戦闘機のみでは話にならないでしょうから、MSが出るまで待機してください」
 シンはその命令に何か言いたげだったが、敢えて飲み込んだ。
「それにしても、シンさん。アリスさんは一体どうしたんですか?」
 おそらく、それは答えを期待されていない問いだった。しかし、シン=チャン=リンコは確信をもって答えた。
「アリスが聞いたのは、アイツの声。アリスの時間はガンダムを落されたあの日から止まっている。」
 セイジにはシンの言っている事の意味がわからなかった。しかし、アリスが誰かを追って飛び出したの事実だけは理解した。ちょうど、アルフレートがジャジャを発進させたのが見える。
「シンさん、アイツって…とにかく、今はアリスさんを追ってください。念のためにアルフレートさんを連れて行ってください」
「了解」「イエッサー」
 アルフレートとシンの声が重なるのと同時に、ストライクワイバーンのMSラッチにジャジャが強引につかまり、彼らはアリスを追って飛び去った。

 宇宙歴0088.06.24 PM03:00。台湾。
 男はシャトルのドアを気だるげにくぐり、空を見上げる。
「暑いな。それに身体が重い。やはり私は宇宙空間の方が良いぞ。ききっぱなしのエアコンは偉大だ」
 その男、テツヤ=カワムラは宇宙港に着くや否やぼやく。彼は40歳を超えたところだが、体力的にはもう少し上のようだ。白髪混じりの上薄くなった頭髪と皺の刻まれた痩せた顔は彼を老人に見せている。作業員のような簡素な服を着ている上にその服もしわだらけでまったくだらしないが、その眼光の鋭さが、彼が外見道理の疲れた中年でないことを表している。分厚い眼鏡の下の釣り上がった目はまるで猛禽のそれである。彼を追うように現れた青年はアルカード=シアニスという。カワムラとは対照的な細く穏やかな目と優しげな表情、そして涼しげな長い黒髪、止めのトラディッショナルスタイルシーツの着こなしは彼を好青年に見せているのであるが、彼を実際に知るものは全員が全員意見を揃えて外見に惑わされるなと言うだろう。何故かと問われれば彼のその性癖を挙げるだろう。彼は無類の天才クラッカーである上に好奇心の赴くままに動くことをよしとする天性のトラブルメイカーなのだ。その性癖ゆえに彼は社会生活を送れず、犯罪者として指名手配をされているのだが、その才能ゆえにカワムラに囲われているのだ。
「お師様、それゆえにこの環境はMSの性能を引き出すのが面白いのではないですか。愚痴を言うものではありませんよ」
 その細い目をさらに細め諭すように言う。
「隊長からの依頼で資金も潤沢、仕込みも上々です。あれらのシステムをテストするよい機会です。しかも新型を好きなようにいじれるというではありませんか。さすが隊長ですね」
 優しげな笑みだがその目は笑っていない。カワムラもその声に殆ど反応を示しておらず、それどころかアリスがどうの、MSのコントロールシステムの改造が遅れるがどうのと愚痴をもらすばかりであった。
「お師様がこの調子ではMSの地上運用への改装はほとんど私がやるようですかね。やれやれ、面倒なことになりそうですね」
 師と呼ぶ男に、相手が聞いていないと知りつつそういうアルカードの表情はとても楽しそうであった。




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