Circle LLK

UC0088

-宇宙歴0088 アナザー・センチネル-

野良騎士団によるオリジナル・ガンダムのノベライズとして、0087と0089を繋ぐストーリを小説として綴ったものです。

搭乗キャラクターは既存のキャラクターが中心で、アフターセンチネルでアリスVSAlice、0093でセイジの戦いを描くため、各キャラクターの内面を掘り下げようという狙いがありました。

序章その1 : 問題を提議する小隊 corps

概要:corps

序章その2 : 問題を起こす防衛隊 guard

概要:guard

序章その3 : 偏屈なる伏兵 ambush men

概要:ambush men

序章その4 : 過激な狙撃手 sniper

概要:sniper

第1章その1 : 頭を抱える司令官 commander

概要:commander

第1章その2 : 小賢しい脱走兵 deserter

概要:deserter

第1章その3 : 苦労する執行代理人

概要:-

第1章その4 : 懲りない永遠の新兵 raw recruit

概要:raw recruit

第2章その1 : 暴走する突撃兵 StormTrooper

概要:StormTrooper

第2章その2 : 心に傷をもつ兵士 heart wounded soldier

概要:heart wounded soldier

第2章その3 : 甦る撃墜王 Reborn Ace

概要:Reborn Ace

第2章その4 : 巡り合う宿敵

概要:-

第3章その1 : 憂鬱な女遊撃兵 gloomy lady commando

概要:gloomy lady commando

第3章その2 : 苦悩する青年将校 anguished young officer

概要:anguished young officer

第3章その3 : 悪巧みする工兵 evil design engineer

概要:evil design engineer

第3章その4 : 凱旋する愚連隊 triumphal hooligans

概要:triumphal hooligans

第4章その1 : 悪夢からの帰還兵 waked from a nightmare repatriated soldier

概要:waked from a nightmare repatriated soldier

第4章その2 : 舞い降りる降下兵 swoop down paratrooper

概要:swoop down paratrooper

第4章その3 : 誇り高き古参兵 prideful old soldier

概要:prideful old soldier

第4章その4 : ガンダムを見張る者 Gundam Sentinel

概要:Gundam Sentinel


序章その1 : 問題を提議する小隊 corps

中国、タイユワン基地。かつては大規模な連邦の基地であったこの地も既にネオ・ジオンの手に落ちていた。

ネオ・ジオンとは、一年戦争終結時にアステロイドベルトに逃げ込んだジオン公国残党が地球圏に帰還した際に名乗った名称である。彼らはアクシズと呼称される、アステロイドを改造して製作された彼らの居住構造物ごと故郷へと帰還し、さらには地球とコロニーの諍いに乗じ、まんまと地球への降下作戦をやってのけたのだ。

彼らの若き指導者はハマーン・カーンという。かつてジオン公国にその人ありといわれたマハラジャ・カーンの娘にして自らもNT専用MSを乗りこなす、アクシズ有数のNT能力者である。有能にして怜悧、眉目秀麗にして頭脳明晰な彼女という核を中心にアクシズはまとまっているといっても過言ではない。しかしながら、そのような彼女をしても人々をまとめるには、あまりに若く、そして、少しばかり徳に欠けた。当然ながらハマーン自身がそのことを一番よく認識していた。だからこそ、ある男をネオ・ジオンに迎え入れようとした。その男がいれば、ネオ・ジオンはジオン公国の二の轍を踏まずに済む、ジオンには、いや彼女にはその男が必要である、そう考えたのだ。

しかし、その男はハマーン・カーンの誘いを断った。

この時点で、ハマーン・カーンにはネオ・ジオンが崩壊していく僅かな、しかし確かの音が聞こえていたのかもしれない。それでも彼女はネオ・ジオンを率いるしかなかった。なぜなら、彼女は、自分の双肩にはアクシズに住まう数万の同朋の命がかかっていると信じ込んでいたと推測される。例え、ほとんど部下がそれぞれの野望を持ち始めていたとしても、彼女は自分の自由になるわずかな手駒を使って凌がねばならなかった。そのような悲痛な決意は彼女の精神を徐々に歪ませていくことになる。彼女がもっと無能で、もっと心が弱ければ事態はもっと簡単で、穏便に収まっていたことだろう。それこそがアクシズ最大の悲劇であったといえる。

その男も、本心からハマーン・カーンにしたがっているわけではなかった。

彼の名はアルフレート=クロイツという。彼は生粋のジオン軍人であり、一年戦争当時に学徒兵としてア・バオア・クー防衛戦にも参戦している。実戦の経験のない兵士も少なくないハマーン派ネオ・ジオンの中では中堅として立場を確保している。タイユワン基地占領作戦においても新型MSの性能を遺憾なく引き出し、多大な戦果上げている。そして、それらのその戦果は、彼を佐官にするのに十分なものであった。

しかし、いま、アルフレートは不満そうに真新しい階級章を指で弾いている。斜め前に座る彼の副官は、静かな声で上官の手悪さをたしなめる。しかし、その指摘は上官の機嫌をさらに損ねるだけに終わったようであった。もっとも、副官にしてもアルフレートが機嫌が悪いのも道理だと感じているため、それ以上は何もいわず、アルフレート自身も自分が副官に不満をぶつけることの愚かしさが理解できるため、再び部屋には静寂が訪れる。そして、その静寂はそれから数時間は破られることはなかった。そのような中で、副官は今までの自分なりに整理していた。

事の起こりはハマーン・カーンの指示が悪かった、副官はそう断じた。

そもそも、地球降下作戦に際しての最重要通達事項は、無駄な戦闘は避けるようにとの事であった。

これは、エゥーゴおよび地球連邦軍に察知されることを防ぐためであり、出来る限り隠密裏に降下を行った。

この指示は、UC0088.02.02におけるメールシュトローム作戦後著しく劣化した宇宙の各勢力による妨害を受けずに降下作戦を実行するに当たり的確な指示であったはずである。事実、アルフレートら先行降下部隊は、一部方面のカラバのトップエース部隊による被害以外は、被害らしい被害も出さずに連邦の基地を占拠している。

地球降下作戦において、敵はまったく問題がなかった。しかし、厄介事は存在していた。

厄介だったのは、敵ではなく、旧い友軍だったのだ。

ジオン独立戦争勃発時に地球に降り立ち、その後脱出できなかったジオン兵のほとんどは連邦に降伏するか戦死した。しかしながら一部の部隊は10年が経とうという現在でもゲリラとして戦いつづけていたのである。彼らは自らこそがジオンの真のししであると主張することが多々あり、アクシズ帰りのネオジオン兵に対し横柄にする舞うことも少なくなかった。。

そこにきて、ハマーン・カーンがそれら存在に対し最大限の援助を行なうようにとの通達を出したため、彼らの要求と行動はエスカレートの一途を辿り、あのような馬鹿げた事件がおきるに到ったのだ。

その馬鹿げた事件こそが、彼らの頭を痛めている問題であった。

アルフレート隊を含む極東制圧部隊は3隻のエンドラ級巡洋艦を持っていた。このエンドラ級は大気圏突破能力を持たないため、二度と宇宙に戻ることは出来ないが、その代わりに重力下用の改造を行なってある。3隻の名前はそれぞれアンドラ、カンドラ、マンドラと名付けられ、極東制圧の重要な移動基地として運用される予定であった。しかし、こともあろうに、それら3隻はまとめて旧ジオン極東占領軍残党に占拠され強奪されてしまったのだ。タイユワン基地占領時に手薄になった艦船を狙われたのである。おそらくは内通者も少なくなかったのだろう。

しかも悪いことに、実験部隊としての性格も併せ持つアルフレート隊のアンドラには秘密裏にアナハイムエレクトロニクスより供与された核攻撃用局地戦MSギガンテスと次世代型汎用試作機ガンダムMk-IV、その他の重要機密兵器までもが奪われてしまったのである。

もっとも、それら試作機は専用のスタッフが慎重な運用をしなければまともに動かせるものではない唯一の救いといえば救いだが、今のアルフレートにとってそのようなことは些細な問題でしかなかった。現在、アルフレートらが運用できるMSはアルフレート用の陸戦用R-ジャジャと副官用の重砲戦型ズサの2機だけであり、如何に世代の差があろうと十機近くのMSを保持し、艦船までも持つに到った残党とやりあうにはあまりに心もとない。万年人材不足と資材不足に喘ぐアクシズへの救援要請は無駄なだけでなく余計な問題を起すだけだろう。

ここまで考えて、副官はアルフレートの顔を見た。アルフレートは既に高いびきを上げている。彼は苦笑をしながら通信室に向かい、指向性レーザー通信で電文を送った。秘密裏の機体を公表されると宜しくないのは、使うものだけでなく、それを作った者も同じである。人を実験に使おうとしたツケをちょっとばかり多めに払ってもらったところでバチは当たらないだろう。


序章その2 : 問題を起こす防衛隊 guard

後にグリプス戦役と呼ばれる戦いが終わった後、ティターンズによる地球至上主義はなりを潜めたかに見えた。しかし、それは表面上のものでしかなく、地球連邦政府による地球中心主義は厳然と存在しつづけた。一方で、コロニー側には、ダカール演説と呼ばれる地球圏全土への放送によりシャア=アズナブルが演説し、彼が戦ったからこそティターンズが倒れた、との認識が強くあり、彼こそが自分たちの救いの主であるとの世論が存在した。それは、ある種の超人願望であり、強い救済願望であった。すなわち、コロニーに住む人々は現状に不満をもちながらも、それを自ら解決しようとはせず、それらを解決してくれる優れた誰かを待っていたのである。この他力本願な考え方は、事なかれ主義の地球連邦の体質と何一つ変わりのないものであり、残念ながらこの自主性の無さはこの時代の人間の持っていた原罪といえるかもしれない。また他者依存主義はそういった哲学的な懐疑だけでなく、実際の脅威を生むものである。宇宙歴0079年のジオン公国による暴走も、結局は誰かが変えてくれるのを待つ姿勢が急進的な危険人物の台頭を許した結果といえる。そして、それによる取替えしのつかない惨事を経た後にも人類のその性癖は治らず、それどころか、よりその強度を増したといえた。

その原因が前述したシャア=アズナブルの出現である。

ティターンズによる地球連邦の私有化の、最終段階で颯爽と現れ、鮮やかな演説により世論を動かせて見せたその男は、いうまでもなくかつてジオン公国の赤い彗星と呼ばれた男であり、そしてその時も地球連邦と戦うエゥーゴにおいてエースパイロットを務めていた。また、それだけにとどまらず、彼はコントリズムの父、ジオン=ズム=ダイクンの実子キャスバル=レム=ダイクンでもあった。まさに、コロニーのためにその命をかける若き英雄として、人々の視線を一身に集められる、英雄になるべくしてなった男だったのである。そのような男の出現は、当然ながらコロニーの他社依存、超人願望に拍車をかける結果を招いたのである。彼は、ただ人の革新をその目で見届けたかっただけだと言われている。しかし、時代は彼を傍観者でいることを望まなかったのである。

どのような時代においても、、またどのような状況においても、交渉というものは人間が多数存在する社会には存在するものであり、その技術に得て不得手があるならば、交渉代理人という種の人間が存在することもまた世の必然であろう。もっとも、その仕事と内容は時代によって大きく異なるものであり、この時代の交渉代行人の主な担当事例は、居住地の確保であった。宇宙歴0079年の一年戦争に端を発した戦乱期、コロニーの破損や徴発、その他の理由によりそれまでに住んでいた場所に済めなくなる人間が少なくなかった。そのような者達を相手にしていたのがこの時代の交渉代行人であったわけである。交渉代行人はなるべく移住者に有利な条件で移住が行なえるようにするわけであるが、これまでに述べたような情勢ではこの仕事が困難なものであったことは言うまでもない。上手く交渉をまとめられる交渉代行人もいれば、交渉が上手くまとまらず、廃棄コロニーを改造して強引に移住させることことになる場合も存在したし、それどころか、中には人身売買じみた交渉代行人も存在し、依頼人である居住者を労働力として悲惨な環境に送り込むものもいたらしい。マリア=エセルバートは一番目の分類に属する交渉代行人だった。すなわち、彼女は非常に優秀な交渉能力を持っていたわけである。優秀なのは交渉力だけでなく、その手広い人脈にも合ったわけだが、彼女の職業を考えた場合、それらも含めて交渉力といって問題がなかった。宇宙歴0088年当時、その前年から続いていたエゥーゴとティターンズの内紛が終結していたが、情勢は未だ混乱の真っ最中であり、有能な交渉代理人である彼女の仕事は増加の一途を辿っていた。

優雅な音楽が流れるレストラン。それは恐らくは星が4つはかたいであろうホテルの最上階に位置し、張り出した窓から見下ろすと延々と続くコロニーの町並みが見下ろせる。当初は計画的に整備されたはずのその町並みは、うねり絡み合う蛇のような威容を晒し、そこから漏れる光はまるでそれら蛇の目のような、闇に浮かぶ鬼灯(ほおずき)のようでもある。マリアはそれを見るたびに憂鬱な気分になった。今回彼女が斡旋した移民船は何とかこのコロニーに受け入れてもらえる目処がついたが、例え受け入れられたとしても、移民者が住むのは眼下に口をあけたあの蛇たちの町である。折角の新天地についたとしても、何も知らずに蛇に呑まれ、悲惨な生活をおくるものが少なくなであろうことは明らかであった。しかし、今の彼女には彼らを、最悪から、それよりはましな、しかし最悪なことには変わりない場所へとへ引き上げることしか出来ない。それに引き換え、自分が今のように空の高みから彼らを見下ろしている。彼女は自分を心優しい人間であるとは思わないが、それにしても良心が痛む状況であると思えた。それに対して彼女の正面に座る男は、どうやら彼女とは違う種類の人間であるらしい。綺麗な仕立てのスーツを卆なく着こなし、こういった場にいるのが当然であるとでも言った物腰である。どうやら彼女の示した条件である、移民者の中のコロニー管理技師の向こう3年の格安の奉仕およびコロニーに放棄してきた資材の合法的回収権がお気に召したのであろう、上機嫌な様子でマリアの手腕と容姿をしきりに賞賛している。マリアはその言葉に嫌悪しか覚えなかった。彼女がうわべだけの微笑を浮かべながら、どのように切り出せばクライアントの機嫌を害さずにこの上品なゴミ溜めから抜け出せるかを思案している時に、静々と進み出たウエイトレスが彼女宛の封書を差し出した。マリアはこれ幸いと社交辞令の詫びをし、優雅な仕草で封を切り、ざっと目を通す振りをする。当然、内容に関係なく、急用が出来たと言い残し、さっさと退席する予定であった。しかし、彼女のそのような振りをする必要はなくなった。なぜなら、本当に急いで退席せねばならない内容だったからである。

失礼を詫びる言葉を口にし、早足でレストランを出る。エレベーターボーイにチップを積み、途中の階を飛ばして一直線に階を下る。上客である彼女に愛想を振り撒く受付も営業用の笑みで切って捨て、急いだ先のホテルの正面ロータリーには、その空間で一際浮き立つおんぼろな軍用エレカが彼女を待ち受けていた。彼女は慣れた手つきでがたつく扉をこじ開け、体を放るようにして車に乗り込んだ。驚くべきことに、一連の動作の間、彼女のドレスの裾は乱れることはなかった。運転手といえば、彼女が体を放り込むと同時に発進し、わき目も振らずに裏道へと突き進む。おそらくはコロニー外縁部の作業用の道路を使うつもりなのであろうが、そこは通常は立ち入り禁止の危険区域のはずであった。しかし、その車はそのようなことを気にする風もなく、コロニーの外層へと下っていく。「すまんね、姐さん。ビジネス中なのは分っていたんだが、どうしても急ぐ必要が出来たんでね」

他の車が見えなくなったあたりでようやく運転手がマリアに声をかけた。まだ、そう年をとっていない男だ。これといって特徴のない顔、ありふれた口調、それはどこにでもいそうな男であった。そして、その普遍性こそが彼の武器であることをマリアは知っている。「ずいぶんなお出迎えね、レヴィン。レヴィン=レイクサイド」おそらくは、それが彼の名前のなのだろう、マリアは嫌味臭く二度、そしてフルネームで彼を呼んだ。「いったでしょう?私の仕事は信用が第一なのよ、それを貴方のような格好をした人がぶち壊しにしたら、どうなるか、わからないわけでもないでしょう?私の仕事場にくるときは一張羅で来なさいといったでしょう?」怒っているのだろう。マリアは強い口調でレヴィンを責めたが、彼は肩をすくめてこういっただけだった。「これ、オレの一張羅なんだけどね」

しばしの、沈黙。月面の警備会社の制服姿のレヴィンに、頭痛でもしたかのような表情で、頭を押さえるマリアは諦めの入った声で続けた。「ま、いいわ。で、この手紙のことなんだけど、本当なの?」

レヴィンは再び肩をすくめ、相変わらず、平凡な口調と声色で続ける。「オレが嘘を言ってどうするさ?それと、その手紙が嘘なら、姐さんにわざわざ声をかけたりしないって」さらに、平凡な、そして平然とした口調が続ける。「ジオンの残党が、旧世紀の核弾頭を入手したってこと。そして、発射装置もね。」

そこで、いったん言葉を切る。彼をして、言い難いことなのであろうか?「ついでに、最新式の艦3隻と、最新式のMS数機…まぁ、一個中隊ほどの戦力になるね」

流石のレヴィンの額に冷や汗が流れたのをマリアは見逃さなかった。「それでエゥーゴが、アナハイムに掛け合ってMSを融通してきてほしいって訳ね。まぁいいわ。どうせアナハイムにも後ろ暗いことがあるんでしょう?調べ上げて、協力させるわ。で、MSは何とかするとして、パイロットはどうするの?」

早くも落ち着きを取り戻し、対策の算段をはじめたマリアの出鼻は、レヴィンの一言にあっけなくつぶされた。「パイロットは何人か、オレの知り合いがかき集めてくれることになってるさ。その隊長は、アリスだ」「な、なんですって?アリスが隊長?!」

ここに来てマリアが遂に声を荒げた。アリスという男は、彼女には問題を解決するために投入する男とは考えられないらしい。彼女にとって、その男は、問題を広げ、混乱させるために生を受けた男らしい。

本格的に始まった頭痛を押さえながら彼女は次善の策を考え始めた。「…わかったわ。状況を整理した上で、彼に幾つかの指示を出させてちょうだい。準備なしでテロリストの相手をさせるわけにはいかないわよね。連絡方法は?レーザー通信の都合、つけられない?」

またもや、運命は彼女に微笑まない。「あ、無理だね。アリスは先行したもう一人と既に地球に下りましたから」

コロニーの外淵部に到着したのだろう。エレカは激しく揺れ、工事用の道路を進んでいく。ただし、いまマリアが座席に突っ伏しているのは決して先ほどの衝撃だけではないだろう。

彼女のドレスの裾が遂に乱れた。


序章その3 : 偏屈なる伏兵 ambush men

華南地方は旧世紀以来水運が発達し、大規模な農業地域となっている。自然環境の破壊が叫ばれる宇宙世紀にあっても、その地方は奇跡的に旧世紀の農業の面影を残していた。海岸部および大都市近郊は戦闘などにより荒れ果てていたが、水田をはじめとする農業地域は湿地状の土地が多く戦場になりにくかったこと、地上の農地の破壊を望むものがいなかったことの二つが幸いして軍隊による攻撃を受けなかったためである。

しかし、そのような地方に住む人の数はあまり多くはない。非近代的な農業を営むということ事体がこの時代に合ってはすでに特殊なことであり、文明の恩恵を受けられないその暮らしに絶えられる人間はそう多くはないのである。多くは先祖伝来の土地にこだわる代々の農民や、戦闘に疲れた軍人崩れが細々と暮らしている、時代に見捨てられた土地でしかないのだ。 ヒジリ=ヤタガミは最後に文明の香りを感じたのはいつだったか思い出そうとしたが、それを諦めた。すでにこの地方に入って3日が過ぎているが、目的地にはまだたどり着いていない。この地方は、いつも霧などが濃いため、衛生写真による調査でも目的地の正確な場所が特定できなかったのが痛かったのだろう。内燃機関式自動車の燃料の残量は、帰りのことを考えるとすでに危険水準を下回って久しい。齢30を超えて久しく、また数々の任務をこなしてきたエージェントである彼も、中国大陸という大陸が持つ面積という問題の前にはかなりの苦戦を強いられていたようだ。元々きれいには切り揃えられていない、ぼさぼさの黒髪をくしゃくしゃと弄り、防塵グラスをかけ直す。顔つきは背格好ほどはいかつくはなく、むしろ甘い容姿であるといっても過言ではないが、いまは無精ひげのためそのような台詞は出てこない。6月の霧の湿度は、頑丈な軍用長靴と歩兵用の従軍服をじっとりと湿らせ、不快指数はまさに鰻登りであった。

無所属(フリーランス)の執行代理人(エージェント)である彼は、地球連邦軍に新設された教導団の師範代であるセイジ=ヤシマ少佐に依頼され、頼りになりそうな人物を探しにきていたのだ。セイジ少佐は、名門の子弟らしく若くして要職にあるが、ヤタガミが見たところ無能とは程遠い人物であった。理想を遵守するが現実を蔑ろにすることもなく、効率を考えながらも人道的判断をすることができるようであった。それだけにと止まらず、実戦経験も深いらしく、演習での指揮も見事なものだった。したがって、ヤタガミは彼を次の依頼主に選んだのである。

そのセイジ少佐によれば、タイユワン基地を占領したネオ・ジオン軍から機密兵器を奪取したテロリストが、大規模なテロ行為を画策しているらしく、それを止めるための人材を探しているいるらしいのだ。すでに連邦軍で責任ある立場にある彼は迂闊に動くことが出来ないためである。この依頼に対し、ヤタガミはすでに宇宙でアリス=ジェファーソン少尉、ルミナ=ラミナ大尉の二人のエース格を確保したが、いかんせん絶対数が不足している。セイジ少佐の計らいで何人かのパイロットは補充されているが、前述の二人についていけるだけのパイロットはいない、とヤタガミは判断し、独自のルートで調達することにしたのだった。ヤタガミは過去にアリスと共に戦ったことがあり、アリス=ジェファーソンという男の能力の凄まじさは身にしみてわかっていた。彼はMS操縦、特に戦闘に異常な才能を示し、宇宙暦0079年の星一号作戦の折にはヤタガミの目の前で瞬く間に5機の敵MSを撃破してみせており、その後も常に前線で戦ってきた経歴を持つ。そういった人物にとっては乱戦での無能な味方こそがもっとも邪魔になるものである。したがって、ヤタガミは、アリスと同等のパイロットであるか、よほどうまく立ち回れるパイロットでなければ戦力とはなり得ないと判断したのである。ルミナ=ラミナというパイロットについては資料でしか押さえていないが、明らかに前者のパイロットであるとヤタガミは思っている。彼女の戦歴はたいした物であり、0081以来、アナハイムの実戦テスト用のパイロットととして数限りないミッションをこなしている。最近ではエゥーゴの助っ人としてメールシュトローム作戦に従軍し、試験機を用いて彼我戦力差1対3以上の戦場を制圧したと聞いている。指揮官型ではないらしいが、そのパイロットとしての完成度の高さはある意味アリス以上のものがあるだろう。さらに、ヤタガミは後者の、すなわちアリスと共にうまく立ち回れるパイロットを欲していた。すでに確保している人材としては、レヴィン=レイクサイドがいるが、彼はしばらくは宇宙で動く必要がある。ほかに思い当たる節といえば、ヤタガミは一つの名前しか思い浮かばなかった。彼がアリス=ジェファーソンと共に戦ったときのもう一人の旧友、シン=チャン=リンコの名前しか、である。

覚悟を決め、帰りの分の燃料を気にせずアクセルを全開にしたヒジリ=ヤタガミが次に文明の光を見たのは、それから1日後のことだった。「航空機はもう現役を引退で、戦場に出る気はなしだ」

ようやくたどり着いた村の手前で、急にタイヤがパンクした車を村の外に捨て、彼の庵が立つ丘にたどり着いたヤタガミに、シンはにべもなかった。久しぶりに見たシンは相変わらず壮健そうであり、今日も愛用の自転車に乗って山の下の農地までいくところであったらしい。自転車にまたがったまま、シンはヤタガミの誘いを断った。彼の住むこの村は、それなりに近代化しているのだろう。村の外れには耕作用エレカや農薬散布用飛行機の格納庫があり、人もそう少ない。「おまえも、カラバでは戦っていたんだろう?なのに、なぜ手を貸さない?」

ヤタガミは煽るような口調でシンに問う。手元では通信機を弄ぶ。その通信機は昨夜あたりから雑音が入り、通じにくくなっていた。おそらくは霧のせいだろう。「あのときの敵のティターンズにはXGP事件の借しがありで、今回の敵のネオ・ジオンには貸しなしだ」

相変わらずの、片言の、ぶっきらぼうな言い草である。シンの会話には常に結論しかない。主語は常に自分で、その結論に至った説明は皆無である。ヤタガミに言わせれば、今日のシンはまだ友好的で親切なほうらしい。脈がないわけではないと判断し、さらに言を進める。「敵はネオ・ジオンじゃぁ、ない。ザビの亡霊であり、テロリズムに取り付かれたジオンの残党だ。そんな奴等を放っておけばどうなるか、83年の事件で、よく分かってるんじゃないのか。あの時は立った。でも、今回は立たない。それじゃいいかげんすぎるだろ」 再び、挑戦的な煽るような台詞を口にする。こちらの意識を読まれないよう、視線は村の風景を見渡す。村外れにはレーザー通信機とおぼし独自のアンテナが立っているのが目に入る。そして横目でシンの反応をうかがう。

脈は、強まった。「あのときはあの時で、今はGキャリアーもなしで、この時代に飛行機乗りは用なしだ」 言質を取った。ヤタガミはそう確信した。ここまでのやり取りは、今の台詞を言わせるための前処理であり、今の台詞こそが彼をパイロットを引きずり込むための必勝の棋譜であった。状況はすでに詰め将棋であり、そしてその手順を彼は何度も頭の中で仮想演算していた。会心の笑みをもらさないように注意しながら、言葉を進める。村人が何人かこちらを見ているが、たいした問題ではないだろう。退役軍人のスカウトなど、別にそれほど、めずらしくはない。「だから、カラバからはすぐ抜けたのか?ワイバーンでは第二世代MSにはかなわなかったから、か?」

明らかな挑発。急速に進むMSの性能向上で立場をなくしていく航空機と、それにこだわる男に止めを刺すための一言。「ちがう。カラバ極東支部は意志が感じられなかった。だから去ったんだ」

感情を押さえるためだろうか、彼の言葉は普段より少し、よどんでおり、そして人間的だった。ヤタガミは一気に畳み掛けた。村人はいつのまにいなくなっている。込み入った話になり、興味を無くしたのだろう。「では、テロリストの暴走を止めるため、もう一度地球に降りたアリスも意志がないのか?そのアリスを後方から援護するために奔走している二代目のお嬢も意志がないのか?今、一番意志がないやつは誰だ?」

言葉を切る。不敵に、そして尊大に笑う。彼には苦手なタイプの演技だった。「おまえが一番言ってほしい台詞を言ってやろう」「やめろ!」

そこまでいったヤタガミにシンは制止の言葉を投げるが、ヤタガミの口はとまらなかった。「笑いにきたんだよ。時代に取り残されたと思っているビビリ野郎とそれがこだわってるヘッポコ機械をな!」

自転車が倒れるガシャンという金属音と人を殴った鈍い音があたりに響く。膝をつくシン。ヤタガミがシンを殴ったのだろうか?いや、違う。シンがヤタガミを殴ったはずだ。しかし、膝をつき、肩で息をしているのはシンだった。勝ち誇ったヤタガミが止めをさしにかかる。「ふん、悔しいなら、ワイバーンの一つでも隠していてみせな。なんだったら、俺が最後の飛行機にふさわしいやつを用意してやろうか?」

これでシンが食いつく。新しいのを出せといわれたら、セイジ少佐にレーザー通信を送り、新型の可変MSを送らせれば良い。これで任務は完了、あとは月面のリゾートホテルでバカンスとしゃれ込むか、そんな思考が頭を過ぎる。

彼は甘かった。決定的に甘かった。「ある。ワイバーンならあるぞ、こい!」

がしとシンが驚くほどの腕力でヤタガミの襟首をつかみ、あいた片手で自転車を起こす。そのまま、村の農薬散布用飛行機の格納庫へと疾走し、その中に引き摺り込む。なかにはプロペラグライダーに二機あるだけだったが、奥のほうに不吉な藁が摘みあがっていることが気になるといえば気になる。ヤタガミは最悪の事体を予想し、そしてもっとも賢明な判断をくだした。

すなわち、諦めたのだ。「見ろ!ヒジリ君!!

対地攻撃に特化した戦闘爆撃機ストライク・ワイバーン!

カラバを除隊した折にどさくさに紛れて確保!

捨てるに忍びなく、今まで保存!

さぁ、見せよう。航空機がMSに劣らない事実!!」

シンはストライク・ワイバーンに何故かある、専用の自転車ラックに自転車をしまい、複座であること良いことにヤタガミを放り込む。そのまま自分も乗り込む。いくつかの計器のスイッチを入れると、振動と共に藁に覆われた戦闘機が目を覚ましている。藁自体もほとんどがカムフラージュネットであったのだろう。暖気するエンジンの排気であっさり飛び去る。いつのまにか誘導者のような人物まで駆けつけてきている。

ヤタガミはこの馬鹿男がこの阿呆戦闘機をこまめに整備していたことに、直感的に気づいた。そうでなくては、ここまで滑らかな立ち上がりはないはずだ。いや、おそらくはこの村自体がそういった集団なのだろう。おそらくは、カラバの支援団体として機能している隠れ里なのだ。だから不似合いに強力な通信機があり、設備も充実している。そもそも、昨夜からの通信機の不調は、ごく微量のミノフスキー粒子を霧に忍ばせているのだろう。さらにいえば、きっと車のパンクも何らかのトラップに引っかかったのであろう。

彼は、次にくるであろう己の運命を、すでに悟ったかのような、妙な落ち着いた心持ちで待った。不思議と満足感があった。この男ならばきっと任務をこなすであろう。そしてそれはエージェントとしての自分の評価をさらに高めるだろう。自分の目に狂いがなかったことに満足を覚えながら、航空管制システムのスロットルにセイジ少佐への連絡コードを打ち込む。今やっておかなければ、きっとこのあとは出来なくなることを予想したからだ。

予想通り、ヒジリ=ヤタガミはVTOLからの急激な加速を対G服なしで受け、気を失った。己の操縦席で気を失った人間がいることなど意にも介さず、鋼の飛竜は戦場へと飛び去った。今は気を失った人間が最後に仕掛けたレーザー通信は、その様を正確に月面に届けた。


序章その4 : 過激な狙撃手 sniper

クワトロ・バジーナ行方不明。この一報はエゥーゴを電撃の如く走り抜けた。

ブレックス准将亡き現在となっては名実ともにエゥーゴを背負って立つ男と認識されていたその男が行方不明になったという事実はエゥーゴの賛同者に大きな衝撃を与えざるをえなかった。その結果として、スポンサーの多くが離れ、活動自体も低下したことは言うまでもない。

このような状況の中で、エゥーゴはクワトロは秘密任務の最中であるとし、依然として彼の行方不明説を否定していた。もちろん、その言葉を額面どおりに信じるものなど、ほんの一握りもいなかったであろうが。

そのような中でも、エゥーゴで働くものたちは、当然のことながら存在する。彼、アリス=ジェファーソンもその1人だった。彼は腕利きのパイロットであり、さらに年の頃もクワトロとよく似ていたことから、何度かクワトロの影武者的な任務にもついた実績を持っていた。また、その出撃回数は優に50を越え、事実上エゥーゴのエースの一角を占める程の存在でもあった。しかしながら政治的思想および出世欲といったものをまったく持ち合わせていない為、これといって特筆すべき戦果はなかった。それどころか、他人と判り合うことのできる人類の新たな形であると噂される、ニュータイプとは最も縁遠いところにいた。彼は学に優れていたわけでもなく、また人の心の機微を感じ取ることが恐ろしく下手だったのである。彼を知る者は、ただ、こう言う。「アリスの一番怖いところは、何も気づかず、何も判らず、しかしそれでも生き残るところだ」

つまるところ、彼は、恐ろしく生き残ることに対し鼻が利き、そして嗅ぎ当てた臭いにしがみつくだけの技量があるということだろう。この特質は、ある種の上層部の人間にとって非常に都合の良い存在であるといえた。だからこそ、今回もこの任務に選ばれたのだ。彼の今回の任務は、エンドラ級の後部エンジンの破壊による、テロリストグループの足止めである。目標艦は3隻あるが、アリスたちはMSを2体しか運用できないことになっていた。したがって、遠距離から先制射撃とと高速で肉薄しての接近戦による一撃、そしてそのまま全力で離脱、というゲリラ戦術を行なう予定である。

作戦実行直前に、アリスは自分の機体のチェックをやり直していた。アームレバーを微調整する。操作性はそれほど評判ほど悪くない。続いて、キックレバーの調整はつま先で行なう。バランスを取る事を最優先として、ややきつめの感触がある程度で固定する。アリスの搭乗する機体は永らく無重力環境で使用されたものであるが、重力下でも何の問題もないようであった。すでに、脚部のジョイントは地上用に換装してあり、足の下にある地上用サブフライトシステムに固定してある。そのサブフライトシステムといえば、一言で言えば、太い串の刺さった黒い円盤であった。太い串、すなわち大口径のメガビームランチャーは、アリスの機体がサブフライトシステムに固定されている限り、彼の機体の足の裏の接続部品を介して機体が手にもったビームランチャーと連動しており、連装ビーム砲として同一の目標に突き刺さる予定である。これならば、例えビームの減衰する大気圏内でも、そして相手が艦船であっても、かなりの損害を与えることを期待できるはずである。「ルミナ!、こっちの準備は完了だ!、そっちはどうだ?」

自分の準備が終わった時点で、アリスは眼下の黒い円盤に乗った相棒に声をかけた。この時代のMSのコックピットは全周囲モニターが採用されているため、まるで自分が宙に浮いているような錯覚があり、MSの足元はすなわち自分の足元なのだ。アリスは足元の黒い円盤、すなわちアッシマー高出力調整/夜間強襲迷彩機に通信を送った。

ルミナ=ラミナは耳元の五月蝿い拡声器の回路を遮断した。彼女は、どうにもアリスとのうまが合いそうになかったのだ。そもそも、アッシマー程度のMAに乗るのも気は進まないし、ハイザックを運ぶことなど、本来は彼女には我慢ならないことであった。暗澹たる気分だが、これも仕事だ、とルミナは割り切る。幸い、彼女は割り切りが良いほうだった。改めて、頭上のハイザック・カスタムを見上げる。黒と紺と紫で塗り分けられたその機体をアリスは隠れハイザックと呼んでいた。ハイザックとは連邦軍が一年戦争時のジオン公国の名機と誉れの高いザクをもとに開発した量産型MSであり、技術的な見地からの評価は極めて低いが、安定性と言った面からの評価は高いといっても良いMSである。また、先に述べた全周囲モニターが量産期としてははじめて導入された機体でもあり歴史的な意味も深い。スタイルはザクに酷似しており、丸い頭と口状の排気口に後頭部から伸びるパイプが繋がっている。全身も丸みを帯びており、右肩に棘のついた格闘用装甲を、左肩に盾を装備している。アリスの機体は手持ちのビームランチャーとヒートホークを装備している。この時代において、ハイザックは既に時代遅れのMSだが、このハイザック・カスタムの武器性能はそう悲観したものではなく、自分が乗るメガビームランチャー装備のアッシマー高出力調整、通称スティング=レイともども、射程距離と破壊力だけならばそこいらの第二世代型MSに引けをとることはないだろう。そもそも、アッシマーはMSではなくMAであるのだが。ちなみに、アッシマーは一年戦争後に防空能力の低下を憂いた連邦軍が開発したMAであり、リフティングボディと呼ばれる円盤状の飛行形態を持ち、非常に優秀な空戦能力を誇る。攻撃力もなかなかのものでMAの巨体を支えるジェネレータの出力を利用したビームライフルは同時代のMSの装甲を用意に貫通する。MS形態になったとしても武装はそのライフルのみであり、いわばMS形態はおまけである。空軍戦力としてみた場合、0088年においても十分に一線級であるといっても問題ないだろう。そう考え、彼女は意識を眼前に集中させる。時刻は夕暮れ。隊長であるアリスは夜半の襲撃を考えていたようであるが、ルミナは夕暮れの襲撃を進言した。理由は、いくら機体が黒いからといっても、排気炎まで黒いわけでは無いため、ミノフスキー粒子散布下では、夜間の襲撃は帰って目立つのだ。それならば、水面の反射と太陽光が混じり、視界が霞み易い夕暮れが一番である。ルミナは夕暮れの太陽光に機体を晒す面積を減らすため、水面に大きな波を立てないギリギリまで高度を下げ、機体を水面と平行に飛行させる。機体はわずかに浮き沈みをくりかえし、滑るように会場を低高度で飛行する。リフティングボディと称されるアッシマーならではの抵抗の少ない飛行方法である。しかし、この飛行法はアッシマーの上に載るハイザックには非常につらい振動となるはずである。しかし、アリスの乗るハイザックは巧みに下半身のアクチュエータでその振動を吸収し、上体を安定させている。ムーバルフレームでなく、全体的に下半身に粘りがないハイザックをこうも安定させるところを見ると、たしかにアリスは非常にMS慣れしたパイロットであるようだった。

アリスとルミナの接近にはじめて気づいたのは、マンドラのブリッジで見張りをしていた筋肉の固まりのような男であった。彼の盛り上がる筋肉は軍服を内側から盛り上げており、パイロットというよりはむしろプロレスラーかボディビルダーといったところだった。彼はなれた手つきでアンドラとカンドラに信号を送る。その手段は強力なライトである。この手段は生半可な手段では妨害されず、また昼間ならば気づかれにくく、さらに仲間内の暗号を使うことにより傍受を困難なものとしているため、あながち原始的と笑うことは出来ないであろう。ともかく、その筋肉質の男は中前の信号を送った後に素早く自分も迎撃の用意にでる。かれは不敵な笑いを浮かべるとブリッジを立ち去った。カンドラのブリッジでは、ノイーマ・イプセンが暗号を受け、本格的な逃走の準備に入っていた。年のころは20代後半であろう。容姿は整っているといって差し支えないが、どこか頼りなさげな雰囲気を湛えている。短く切りそろえた金髪が、彼の神経質さを物語っているようであった。「隊長、追っ手です。ティモシーが例の新型で出ますが、敵もこちらを足止めする何らかの手段をこうしていると思います。いかが致しましょう」

ノイーマの声は、やや媚びたような声でうかがおうとするが、既にアンドラとの通信が不能なまでにミノフスキー粒子濃度が高まっていた。それに気づいたノイーマの態度は打って変わり、乱雑なものとなる。「ちっ、通信ももうだめか。ティモシーがアレで足止めしても、マンドラは相手に押さえられるか…。しかたがない、アンドラを庇いつつ、マンドラを囮にして離脱する…か」

ノイーマ=イプセンが、追っ手のMSの射程圏内に入るまで、まだしばらくかかるのが救いだな、と考えた刹那、閃光が走り、一瞬遅れて爆音が響き渡った。「流石に…やるなぁ」

思わずアリスは呟いていた。目標の巡洋艦との距離はまだ2km以上あるにもかかわらず、アッシマーとハイザックの束ねられたビームは狙い違わず目標の、しかもエンジンブロックに直撃していた。高速飛行中であり、かつ、気流の安定しない低空飛行で、さらに水蒸気などの影響を受けやすい水の上での遠距離射撃を軽くこなして見せたルミナに、さしものアリス=ジェファーソンも驚嘆していたわけである。実のところ、ルミナ=ラミナにしても、この射撃は当たらないかもしれないと思っていたものであり、牽制の意味での先制射撃であったのだが、幸運の女神は彼女に微笑んだようだ。ルミナは素早く戦術コンピュータの表示を読み取り、エンドラ級のもう一つのエンジンに標準を合わせる。予めネオ・ジオンからもたらされた情報によればエンドラ級は2基のメインエンジンと1基のサブエンジンからなり、2基のメインエンジンさえ仕留めれば、極々ゆっくりとしか飛行できないとのことであった。少し遅れてアリスの管制による射撃が行なわれたが、マンドラの艦橋を直撃するが船足は止まらなかったのをみて、ルミナは次の射撃の準備に入る。と、その視界の中で、マンドラのMSハッチから球のようなものが海に落下したのが見えた。ルミナはそれを何らかの貨物、タンクかなにかだと判断したが、アリスは違った。「気をつけろ!MSだ、水中用のMSが来るぞ!」

おそらくは、それは直感だったのだろう。しかし、その直感は襲撃者の第一波を交わすためになくてはならないものであった。ハイザックがアッシマーとの接続を強制的に切断し、その機体を蹴って宙に舞うのと、つい今しがたまでハイザックの胴が合った場所を複数本のメガ粒子が焼き払うのはほぼ同時だった。恐らくは交わされることを予期していなかったのだろう、一瞬躊躇したその丸い水中用MSの上にアリスのかくれハイザックが激しく着地する。金属がひしゃげる嫌な音と凄まじい水しぶきが舞うが、それにかまわず丸いMSはその鉤爪でアリスを捕らえようとする。しかし、アリスは急速にバーニアを吹かし、回転するようにハイザックの足を上にと振り上げ、逆に下になった手にもったヒートホークで水中用MSを激しく攻撃する。痛烈な一撃かと思われたその攻撃は丸いMSの強固な外殻に阻まれたいした効果を上げないが、アリスはビクリともせずそのままヒートホークを振り切り、その反動で機体の上下を取り戻す。さらに、それを拾いに来たルミナのアッシマーの「手」にしっかりとつかまり、再び空中に戻る。アッシマーはリフティングボディーの一部をMSの手に戻し、ハイザックを支えているのだ。アッシマーに保持されたことを確認したアリスはビームランチャーを発射するが、水中用MSは既に水面下に逃げ延びていた。

アリスが軽業めいた戦闘を繰り広げた水中用MSの名はカプールという。そのカプールに搭乗していた筋肉質の大男であるところのティモシー=フランダーズは、自分の攻撃がかわされまた敵に空中に逃げられたにもかかわらず楽しげに笑っていた。なぜなら、彼は最近の連邦のパイロットの錬度の低さに飽き飽きしていたところであったからだ。「おもしろい!海上戦闘でこのカプールと互角に張り合うハイザックがおるなど、想像もしておらなんだわ!いいぞ、腕が鳴る!」叫ぶなり、水面に写る機影と響くエンジン音から敵に対し正確にロケット弾を打ち込むが、今度はハイザックのシールドに阻まれる。しかし、それで十分だった。ティモシーの狙いは敵にマンドラを攻撃させなことであり、こちらの攻撃をかわすためにマンドラへの突入経路を外れればそれで作戦成功というわけだ。さらに、ロケット弾を打ち込み、水流噴出口から限界の強さの水流を吐き出し、一気に敵の真下に潜りこむ。こちらの動きに反応し、驚異的精度メガ粒子の槍が襲い掛かるが、それらは水を蒸発させ激しく沸騰させるだけでティモシーに傷一つつけることが出来ない。ティモシーのカプールは完全にビーム主体の敵方を翻弄していた。一方アリスらも一度連結を解いた以上、ビームを束ねることが出来ず、足元のカプルに対しても有効な攻撃が行なえず、手詰まりになりつつあった。

一瞬の間、戦場は膠着した。アリスは一瞬の思考の後に再びアッシマーから飛び降りた。ルミナはその意を汲み取り水面に全力でメガビームランチャを叩き込む。再び激しく海が沸騰し、カプールを覆う水の層が薄くなった瞬間を狙い、アリスのヒートホークがうなり、狙い違わずカプールの片腕をえぐりとる。そしてそのまま再び空中へと舞い上がる。カプールは今の一撃を無視し、安定を失いながらも空中で避け難いハイザックに向かい攻撃をかけようとするが、水面から頭を出したところをルミナのメガビームランチャが直撃し、カプルのロケット弾発射口を完全破壊し、機体にも甚大な被害を当てる。バランスを失い、横転したカプールにとどめを刺そうと降下を開始したハイザックの左腕が保持していたビームランチャーごと爆発した。誰もが気づいていなかった方角からの攻撃であった。アリスのハイザックを攻撃したのは見慣れない戦闘機であった。凄まじい速度で突撃してきた後に、信じがたい角度で反転し、上空へ向かう。そのままアッシマーに機銃をばら撒き、再び反転する。ルミナもその戦闘機の機動性には目を見張った。並大抵の飛行機には出来ない機動であるのは当然だが、パイロットの方も並外れているのだろうと判断する。ルミナは戦闘機のリズムを狂わすために、敢えてアッシマーを空中でMS形態に変形させ、自由落下しながらメガビームランチャーを叩き込む。しかし、戦闘機は一層にブースターを吹かし、さらに激しい機動でその攻撃を回避する。ルミナは相手が回避している間に再びリフティングボディとなり、水面に着水したアリスのハイザックを回収し、ふたたび上空へと向かう。戦闘機は先ほどの回避の機動をそのままに弧を描くように機体を軋ませながら旋回し、ルミナとすれ違う瞬間に機体を捻り爆装していた爆弾を開放し、そのまま慣性の法則にしたがってアッシマーを狙う。予想もしない攻撃にアッシマーはまともに爆弾の直撃を喰らい、機体を揺るがす。しかし、ただでは上昇を止めずに、それまでの勢いを利用し、さらに再び腕だけを変形解除しアリスを上空に放り投げる。戦闘機は執拗にアッシマーを狙うが、アッシマーは航空機には出来ない、上下の急激な移動を利用しなんとかやり過ごす。それを追う戦闘機に突然影がさし、その直後に激しい衝撃が襲う。放り投げられたアリスが限界までバーニアを吹かして戦闘機の真上から襲い掛かったのである。サブフライトシステムの機能も有するらしいその機体は何とかその衝撃にも耐える。その安定性にアリスは気のせいか懐かしさを覚えたが、ハイザックの残った腕でヒートホークを振り上げる。止めを刺そうとした、その瞬間突如その戦闘機の風防が開き、パイロットが手を振り出した。さすがに手を止めるアリス。そのパイロットにいはどこかで見覚えがあったからだ。あれはもう、5年前になるだろうか。何度となく共に戦った懐かしい男だった。その男の名はシン=チャン=リンコ。その男はこともなげにこう言い放った。「なんだ、アリス君だったか。ハイザックだから、てっきりティターンズだと思った」

ルミナは一連のやり取りを見ながら沈痛な面持ち頭を抱えた。ヒジリ=ヤタガミが言っていた三番目の男とは、きっとあいつのことなんだろうと判断し、アリスに撤収を呼びかける。なぜと、とうアリスはそのときになってようやく、先の水中用MSもエンドラ級艦隊も戦域外に離脱したことに気づいた。そして、先ほどヒートホークを止めたことを心底後悔した。そのようなことはまったく気にしていないシンはまだ風防を開けたまま手を振っていた。なお、その後部座席にはこの混乱のもとを呼び込んだ男が蒼白な顔で座っていた。どうやら、おろしてもらえなかったらしい。

ルミナは今回の作戦の前途に果てしない不安を覚えた。


第1章その1 : 頭を抱える司令官 commander

月面の人工都市、グラナダ市にあるホテルは、常に剣呑な雰囲気に包まれているといっても間違いはない。

宇宙歴が始まった早い時期から、この月面都市は人類にとって重要な拠点として存在してきた。したがって、ここが実際の戦場になる可能性はきわめて低い。重要な拠点を破壊しては戦略的に意味はないからだ。そして、地球の年とは異なり月面の人工都市にとってわずかな武力侵攻でも十分に再起不能になりえる。だからこそ、武力による侵攻は行なわれない。その結果、ここが平和の楽園なのかといえば、そうでもない。ここでの戦いは単に物理的暴力が行使されないだけに過ぎない。策謀という名の軍勢で、飛語を伏兵とし、経済圧力を武器に、相手の社会的牽制という息の根を止める陰惨な戦闘が繰り広げられているのだ。そしてそれは、重要な拠点であるという魅力と物理的暴力が行使できないという圧迫から他に類を見ないほどの活発さを見せるのである。そして、その主な戦場は会談室を備えたホテルというわけだ。

その戦場において若くして高い評価を得ている女性が数名いる。こういった戦場では老獪さこそが最強に武器になりえ、若気は多くの場合単なる火薬庫となる場合が多いため、これは異例のことである。マリア=エセルバートもその異例の一人である。短く切った髪とやや大きな瞳は幼げな印象を与えるが、ところがどうして交渉の場に臨んでは海千山千の怪老と互角以上に渡り合う胆力を持っているのだ。そして、彼女は単に精神的に強いだけでなく、様々な利益バランスを見取り、そのなかで折衷案を見出すことに対し、抜群の手腕を発揮するのだ。そして、大きな美点として、彼女は手柄を決して独り占めにしようとなどしないことも上げられる。ある種、これは彼女の幼さの証明でもあり、絶好の弱点ともなるのだが、それは彼女の評判を上げることにこそなれ、下げることにはならない。さらに、この性質は彼女に大きな人脈を築かせる事となっていた。彼女のことを憎からず思うそれら人脈が、彼女のある種の弱さをフォローしていたわけである。

レヴィン=レイクサイドはそういった、彼女の個人的協力者の一人である。彼はパイロットとして一流であるにとどまらず、工作員としても一線級の能力をもつ男である。彼に欠ける点があるとすれば、それは社会性といった類のことだけだろう。そしてそれは、彼自身自分には必要としないと思っているものであった。なぜなら、彼の協力するマリアと異なり、彼は社会の闇に潜む陰であることを任じていたからである。

宇宙歴0088.06.21PM20:00。月面。

この時も、彼は自分の領域にいた。すなわち、合法的な方法では手に入らない情報を、それにあった適切な方法で入手している最中であった。すなわち、路地裏でチンピラを締め上げていたのである。地面に転がっている男を踏みつけたまま、片手でもう一人の男を壁に押し付けている。残った足は地面のメンテナンスハッチの取っ手につま先を引っ掛けるようにして体を固定している。月面ではこういった小細工をしないと力の入った攻撃を行なえないことを、かつて月面で働いていたレヴィンはよく知っているのだ。体勢が安定したところで、レヴィンは男を踏み入れる足の靴の電磁石への供給電力を上げる。すると、靴と床板を引き付ける磁力が強まり、面白いように男の胸板が潰れていく。肋骨の軋む音が、荒い息の中で不気味に響きつづける。月面の日用品も使い方次第では凶器になることを彼は知っているのだ。そして、圧倒的優位に立ってから、レヴィンはようやく「交渉」をはじめた。「お兄さん方、オレの聞きたい事、話してはもらえませんかね?」

レヴィンの声は妙に優しかった。いうなれば、魂と引き換えに願いを叶えようと提案する、悪魔のように優しかった。この時点で交渉は既に終わっていた。レヴィンに「乗せられ」て、喧嘩を「売らされ」た男たちはもぞもぞと口を動かし始めた。彼らは、ある男に頼まれ幾つかの書類をアナハイムエレクトロニクスの社員宅から失敬した窃盗犯であった。機密事項を扱うアナハイムエレクトロニクスは、その書類の管理厳密に行なっているが、社員が個人的に行なったメモまでを管理することはこの時代になっても難しいものである。そして、それら走り書きも然るべき手段で解析すれば、十分に有用な、そして強力な情報になりえるのだ。彼らが盗み出した資料とは、地上の放射性廃棄物管理に関する報告書であった。それらは廃棄物と呼称されるが、使い方を少し変化させるだけで、ある種の兵器の原料となりうる。すなわち、核兵器の原材料である。それを考えると、レヴィンは我知らずに男たちを押さえる力が強まった。この屑のような人間たちが端金に目が眩んだ結果が、いま地上で進行中の最悪の核テロリズムを生んでしまったことを考えると、力は弱められなかった。「…し、しらねぇな…、うぁ!あぅっ!…嘘だ、知ってるともさ。なんだかスカした野郎だったぜ。でも気前は良かったな。えっ、どんなヤツかって?えぇ、と、おぉ、おい、待てよ今思い出すから。ほ、ホントだ!…このあたりの連邦兵崩れみたいなカッコはしていたが、ありゃ、ちゃきちゃきの本物だったな。素性は、それ以上はわからん。ほ、ほんとだよ。俺たちにそれ以上教えるわけないだろう?え…おい、しゃべったんだから話してくれよ、なぁ、兄弟?」

レヴィンの足の下から、骨を砕く嫌な音が響く。しかし、レヴィンはその音を聞いてはいなかった。救いがたいことに、この男たちは自分たちがやらかした事の重要性がまったく分っていなかった様である。そろそろ、動きが緩慢になった足の下の男を放し、腕で吊った男のほうに集中する。そして、胸元から一枚の写真を取り出した。「そいつは、この男だったか?」

静かな声での質問だった。がくがくとうなずいた男を放り投げ、その足元には幾ばくかの金を、治療費として放り、その場を足早に立ち去ったレヴィンは忌々しげに口元をゆがめ、近くに止めておいた自分の車に乗り込む。写真の男は、連邦の犬、特殊公安部に所属する男だったからだ。すなわち、連邦軍人がジオン残党を利用しているという、この構図は、彼に最悪の想定を推測させる。以前、この男は、連邦軍の弱体化を狙うティターンズに敵対する勢力に力を貸していた。そして、今はネオ・ジオンを出し抜く側に力を貸している。常に、連邦の敵の敵に力を貸し、手段を選ばぬ方法で、その敵を倒させる、最悪の猟犬だ。

レヴィンのおんぼろ車は外見から想像するより遥かに静かに街中を離れる。そそいて、車に備え付けの違法暗号化装置つきの通信機で予てから連絡をつけてあった男に連絡する。彼は、今回のマリアの依頼人であるセイジ少佐の知り合いらしい。「ザキル=ガルガリン大尉ですか?はい、確認しました。今回の黒幕には貴方から提供がありました、例の写真の男が絡んでいました。スノーブライトとか名乗っていたパイロットです。これからそちらに向かいます。」

それだけ伝えて、連絡機を切る。盗聴されると厄介だからだ。レヴィンは写真の男のことを考えた。スノーブライトと名乗ったのはきっとコードネームだろうと、彼は判断する。そうでなくては、人は自分のことをSnowBlight…隠語で「麻薬による荒廃地帯」などとは名乗らないからだ。

ほぼ同刻、ジオン追撃隊。

地球の中国大陸沿岸では数機のMSが潜水艦に収容されているところであった。それだけならば別に特筆すべきことではないが、積み込まれるMSの機種を見れば、軍人ならずとも目を疑うだろう。一番奥に駐機しているのが灰色のR−ジャジャ型があり、それと並ぶように黒いアッシマー型が待機している。さらにその手前には緑色の百式型であり、一番手前で、今搬入されているが奇妙な頭部をしたGMIII型である。

それを見降ろす位置に存在するミーティングルームでは、短くそろえた髪と上品な顔で清潔な制服に身を包んだ青年仕官がが鎮痛そうな面持ちで頭を抱えていた。「…最悪だ」

彼は一言そう呟き、もう一度近海の地図に目を落とし、幾つかの走り書きを再度読み直していた。彼がセイジ=ヤシマであった。もしかするとここのところ、ろくに寝ていないのかもしれない。普段は若々しいその動作にも、今日はいつもの切れがない。もっとも、つい4時間前に行なわれた戦闘を思い出せば、彼ならずとも頭痛が止まらないに違いない。

セイジがその現場に到着した時は、今まさにハイザックがズサに止めを刺さんとしていたところだった。セイジの放ったミサイルが、2体のMSの足元に流れる川に飛び込み激しく吹き上がり、ハイザックの動きを止めなければ、ズサのパイロットは死んでいただろう。状況は、アッシマーとハイザック、それに爆撃機からなる連邦軍と、ズサとR−ジャジャのネオ・ジオン軍による戦闘であるように見えた。

どうやら、体勢を立て直すべく沿岸部に戻ったアリス隊と残党を追っていたアルフレート隊が遭遇し、そのまま戦闘になだれ込んでしまったようであった。幸いなことに、ルミナのアッシマーが弾薬切れであったため、ネオ・ジオン側に死者こそなかったものも、アリスとルミナによる鉄拳だけで、ネオ・ジオン軍を圧倒したらしい。何故鉄拳かといえば、ハイザックは海の戦闘でヒートホークを喪失し、アッシマーはそもそもビームサーベルを持っていないからだ。アルフレートの報告によれば、ズサの手足をもぎ取り戦闘能力を奪ったのは爆撃機だというが、それは彼の見間違いだろうとセイジは判断している。本当は事実であるのだが、MS世代の彼には受け入れられなかったようだ。そもそも、ルナチタニウム系合金でない装甲とムーバルフレームなしの機体でネオ・ジオンのMSを圧倒したパイロットの存在自体がセイジには信じがたいものであった。たしかにハイザックは大破寸前まで追い込まれているが、すべて致命命中を避けており、火力差で装甲を削られたに過ぎない。しかも、ネオ・ジオン側のパイロットも決して凡庸なパイロットではないことをセイジは知っている。さらに、そのハイザックのパイロットは、格闘でズサを追い込んでおきながら、自分は格闘よりも射撃のほうが得意だ、と言っているのだ。

回想から意識を戻し、ハンガーデッキに目をやる。MSの積み込みが終わったようだ。パイロットたちは、相変わらずMSの周囲にいる。アリスは新しく使うことになった陸戦型百式改にパーソナルマークをマーキングしているようだ。ルミナはエンジニアになにやら指示しているようだ。アルフレートに到っては、百式改の各武装によじ登り何やらチェックをしている。「本当に、僕に彼らが指揮出来るんだろうか?」

彼は再び、そう呟いた。

さらに同刻。ジオン残党。

汗かきベソかき本隊に追いついたティモシーにノイーマがぶん殴られていた。シース・グリム隊長はそれを当然のことのように眺めながら、今回の戦闘に関しての分析を行なっていていた。シース・グリムが見たところ、今回戦闘を仕掛けてきたグループはその使用機体と攻撃方法からネオ・ジオンと連邦ではありえない。したがって、カラバおよびエゥーゴが妖しいが、彼らが直接シース・グリムらジオン残党を攻撃するメリットは現段階では乏しい。なぜなら、それら組織にとって、現時点でもっとも強い勢力を持つネオ・ジオンの戦力を奪取したシース・グリムらをわざわざ攻撃し、ネオ・ジオンの手助けをしてやるいわれはないからである。しかし、現にその二組織のいずれかあるいは共同軍の攻撃を受けた以上、現時点でシース・グリムらは彼らにとって目障りになってしまっている、ということを意味する。それが何故かを考えることは非常に簡単だ。今回奪取した装備一式の中に彼らにとって不都合があると言うこと、そして、今回の作戦を提示してきたある男はそれがそもそもの狙いであったであろうと言うことだ。やはり、楽で身入りの大きい仕事と言うものは何かとけちがつくものだと思い直す。

面倒だ。

シース・グリムは素直にそう思った。この隊長は敗者になることは厭わないが、損をし、面倒に巻き込まれるのはまっぴら御免と考えているのだ。思い立ったらシース・グリムの行動は早い。ティモシーがノイーマを殴り飽き、その場から立ち去るのを見届けてからノイーマに次の指令を下す。指令を受けたノイーマは、今しがたまでリンチを受けていた人間とは思えない元気さで立ち上がり、その指令を慶んで受ける。やはり、こいつは楽でいい、そうシース・グリムは思った。彼の身上は常に楽してよい生活である。こちらを利用しているつもりのものがいるならば、得する間だけ踊ってやればいい。楽しく踊ったあとの舞台の掃除は利用しようとしたヤツがすればいい。シース・グリムは楽をするためならば如何なる苦労も惜しまない男なのだ。だからこそ、人は彼を「敗軍の常勝者」と呼び、恐れるのだった。彼に関わったものは皆、彼とともに敗軍になることとなる。しかし、彼は損をしたことがないのだった。


第1章その2 : 小賢しい脱走兵 deserter

宇宙歴0088.06.23 AM05:30。日本海上竹島。

セイジ=ヤシマの朝は早い。そして、彼は毎朝の鍛錬を欠かさない。

この日も彼は既に数キロのロードトレーニングを済ませていた。既に、ジオン残党の前に回った以上、決戦が間近であることは明白であるため、潜水艦に閉じ込められ、鈍っている体を起こしておきたいからだ。

セイジの乗るユーコン級潜水艦は前日までに逃亡艦の先回りに成功していた。そもそも、急ごしらえのミノフスキークラフトで飛ぶ航宙艦なぞ本気になった潜水艇の速度の敵ではないのだ。彼らが通過すると予測される地点から最も近いこの島で罠を張り、急襲するのが次の作戦である。

戦力的には申し分ない。

セイジのGM−III・コマンド、アリスの陸戦型百式改、ルミナのアッシマー・カスタム、アルフレートの陸戦型ジャジャ(彼は、ジャジャ−Jと呼んでいた)。それに、先ほどエージェントのヒジリ=ヤタガミがシンのストライク・ワイバーンで運ばせていたネモ・シュツルムブースター。これらは一個中隊にも匹敵する戦力と言える。海上戦が想定されるにもかかわらず陸戦型が多いのは悔やまれるが、既に手はうってあった。彼にとってこの作戦は是が非でも成功させねばならない作戦であったからだ。

セイジ=ヤシマは指揮官としてはまだまだ若い。しかも、傍若を尽くし今は解散の憂き目にあるティターンズに所属していた過去を持ち、さらに反連邦組織に協力したことがあるパイロットでもある。この3つがそろった場合、そもそも指揮官にはなれないものだが、彼にはそれを補って余りある能力があった。しかし、彼が名門でであることは現状では逆の力として作用しており、彼の親であり、連邦にその人ありといわれた名将コウゾウ=ヤシマ提督のコネで指揮官に成れたとの陰口が未だに広く流布している。セイジは自らの夢の実現のためには是が非でもここで戦果をあげ、自分の実力を広く知らしめる必要があったのだ。

この時代、ジオン公国のシャア=アズナブルの例を引き合いに出すまでもなく、英雄的な戦果は家柄に関係なく人を上に立たせるに足るものであったからである。しかし、いまのセイジの思いは、おそらくシャア=アズナブルのそれというよりも、ガルマ=ザビのそれであると言えた。セイジとガルマの違いは信じている友が本当に信頼に足るか否かという点だけであった。

同刻…時差の関係で、時刻はAM05:00。釜山港。

全身黒タイツの怪しい人影が無音で滑るようにやってきたゴムボートからひらりと降り立った。どことなく上品で、そこはかとなく頼りなげなその人影は人目をはばかるように町外れに向かう。既に薄日を地表に投げ出す朝の太陽から身を隠すように影から影への移動は熟練の技を感じさせる。一旦、路地で立ち止まり、首もとの紐を引っ張ると小気味いい音とともに黒タイツが分解し、残った布切れは体の各所のゴルフボール大の小さなゴムボールに収納される。あとは革バンドで固定されたゴムボール外し、ポケットから取り出したネットにボールを突っ込むとそこには一人の普通の青年がいるだけだった。

何食わぬ顔でとおりを歩き、たどり着いた小さな家は何の変哲もなく、早朝の風がただその門を揺らすのみであった。他に動くものと言えば、その家の前で飼い犬のことを撫でている老紳士くらいなものだ。青年は他愛のない、決まりきった挨拶をする。老人も、それに対してやはり決まりきった台詞を返し、ポケットの中から小さなお菓子の箱を取りだし、青年に渡す。お菓子はキャラメルであるらしい。青年は嬉しそうにそれを受け取ると、その場を後にした。

スパイと連絡員のやり取りなどそんなものだろう。この一連のやり取りにより、セイジの隊は大きな遅れを失することとなる。また、連邦の思惑と言う名のダムにも小さな小さなヒビが入った。その事を知るのはシース=グリムのみだった。彼は「負けるため」に部隊を進めた。

宇宙歴0088.06.23 AM09:00。大和灘付近日本海上。

海上には何もないように見える。しかし、海面下のことを海上から推し量ることは難しい。その時点の海も、身に秘めた牙を頭上のものに知らすことはなかった。灘は元来推進の浅い部分が多く、また海底の地底も起伏に飛んだものであるため、何かを隠したとしても、それが自然のものなのかそうでないのかを見分けることは非常に難しかった。すべてはセイジ少佐の練り上げたプラン通りだった。

目標を待つ、GM−IIIの頭上には青い「膜」が広がっている。足元には頑丈な「床」がある。予定の時刻がきても現れない敵に焦れつつも、静かに待つ。大規模な策を仕掛けた以上、最悪でも、その策を自ら壊すことだけは避けなければならない。

この必勝の策は彼の親友の協力を持ってはじめて為し得た事である。敵が海上を進むのは、連邦のMSの直接打撃を避けるためであろう。しかし、それは油断である。セイジの友、リョウ=イチノセは史上に例のない大胆な作戦を発案していた。それが、海中に潜むGM−IIIの足元の「床」である。リョウはセイジの手助けがしたい為にこの策を授けた。セイジはそれを嬉しく感じていたが、同時に心配でもあった。ここのところ、リョウの行動は非常に大胆であり、生き急いでいるように見えたからである。セイジは本当はリョウには病院から離れて欲しくはなかったのである。

リョウ=イチノセはセイジ=ヤシマの幼馴染であり、連邦軍有数のエリート家系の出身であり、セイジの親友でもあった。彼は、常にセイジの良き友であり、好敵手であった。二人は同じ黒い髪、黒い瞳を持ち、同じく高い志を持ち、同じく努力をし、同じく生きてきた。しかし、一年程前に事件があった。セイジがティターンズを追われたときに、リョウはティターンズに利用され追っ手として差し向けられた。二人の友情は事の真相を暴き、二人の間の誤解を晴らしたが、ティターンズの謀略によりリョウのMSは自爆させられ、行方不明となった。

その後、リョウはネオ・ジオンに亡命しようとした強化人間の研究者ラルタークの手に落ち、次々と子飼いの強化人間を失ったラルタークの切り札として使われた。それは、肉体の機械化も伴う前例のない強化であり、リョウはラルタークを追い詰めたセイジの前に、再び敵として現れた。強化人間となったリョウの駆る先行試作型ドーベンウルフ(リファイン・G−V)は猛威を振るうかを思われたが、この場も二人の友情により事なきを得、ラルタークを倒し、そしてリョウもセイジの元へと戻った。しかし、リョウは爆発で失った半身を機械で置換えられ、また、精神面にも強化処置による大きな傷を負い、病床の身となっていた。だが、彼はベットの上で生を永らえることを良しとせず、地球圏の安定を目的として創設された教導団の特別顧問として生活しているのだった。

セイジの操縦桿を持つ手には自然と力がこもる。リョウの献策を無駄にするわけには行かないという思いが彼の頭を駆け巡るからだ。ミノフスキー粒子濃度の高いこの辺りでは、相手に発見される恐れはない。そして、ジオン残党がこれまでに身を隠していた朝鮮半島に向かうには必ずこの付近を通るはずである。さらに言えば、航宙艦と新兵器を手に入れたとはいえ、彼らはそれを運用する統べをもたない。したがって、今後も活動するためには、彼らのMSが格納された、朝鮮半島のどこかにある、彼らの隠れ家に戻る必要があるはずなのだ。それなのに、彼らは予定より1時間以上送れている。はやる心を落ち着かる。

この必勝の策を、遂行するのが自分の任務である。

セイジはそう自分に言い聞かせた。良くて全艦の拿捕、悪くても殲滅する。それが彼の思いだった。

突如、スクリーンの一角に警戒信号が表示される。遂に光学測定器が敵影を捕らえたのだ。敵は3隻のエンドラ級に間違いなかった。若干の遅れはあった。しかし、待った甲斐はあった。あとは仲間があせって飛び出すのが怖いが、歴戦の戦士である彼らを今は信じるしかない。エンドラ級が有効射程に入るまでの時間を瞬き一つせずに、耐える。しかし、セイジの心配は杞憂だった。彼らは既に戦いの何たるかをセイジ以上にしっていたのである。若干の満足とともにセイジは号令を出した。「メガフロート、アンカー排除!急速浮上せよ!!」

周囲を支配する轟音。炸裂ボルトがそれまでメガフロートを固定していた錘を押さえる留め金を吹き飛ばし、チェーンの伸びる金属音を伴い、メガフロートが己自身の浮力で浮かび上がった。メガフロートによる簡易の足場の作成。それこそがセイジの秘策だった。メガフロート自体は簡易の海上飛行場を作るための安物だが、その大きさと足場としての機能は侮れない。ジオンのコロニー落し以降、荒れやすい海上では使い物にならないとお蔵入りしていたものだが、MSの一時的な足場としては何の問題もない。

轟音とともに海上に踊り出たメガフロートは、その上に固定された5機のMSを誇らしげに蒼空の元にさらけ出す。それとほぼ同時に各機は己の防水パッキンを排除し、ライフル、マシンガン、ガトリングなどの攻撃を開始した。

敵の指揮官の反応はあまり早くない。それを見て取ったセイジは素早くGM−IIIのブースターを吹かし、艦の上に跳び乗り、ビームサーベルを叩き込む。それに呼応するようにヒジリのネモも別の艦に取り付く。アルフレートはミサイルポッドシールドの全弾を発射し、弾幕を張り、その中を突っ切るようにして、一番奥にいたエンドラ級に取り付いた。遅ればせながらにMSハッチからMSが出撃しようとするが、ハッチが開く端からルミナのアッシマー・カスタムが撃ち落としていく。それは凄まじい連射であり、通常のアッシマーの武装ではありえなかった。そう、陽光の下で黒光りする彼女のアッシマーは既にアッシマーとは呼べないものだった。両手にアルフレートが保持してきたビームマシンガンを抱え、背中には強引に160mmキャノンが括りつけてある。さらに脚部に急造のミサイルポットを括りつけており、当然のことながら変形などは出来そうもない。また、移動や回避にも問題を起こしているようで、事実メガフロート基部に固定されたまま、動こうとしない。敵の攻撃に晒され、次々に破損していくが構いなく敵に行動を妨害する射撃を行ない続ける。その様はまさに修羅か悪鬼か。体現する言葉は攻撃は最大の防御。彼女の攻撃圧力に押されたか、時期に致命弾は少なくなり、軽く体を逸らすだけの回避でやり過ごせるまでになる。「脆いわ。…あの時のカプールのパイロットに感じたプレッシャーが、今はない」

ルミナ=ラミナは既に打ち切ったマシンガンを投げ捨て、メガフロートに固定していたメガビームランチャーを引き寄せた。彼女の感じた違和感は、その敵のあまりの不甲斐なさだった。以前戦ったときの野獣のような雰囲気がまるでない。おそらく、アリスが今ひとつ踏み込んでいないのもそのせいだろうと判断する。彼女は一度、セイジに止めを刺すことに関する許可を求めた。セイジは彼女の違和感を感じ取ってはいたが、ここでこの3隻に止めを刺さない法は無かった。アルフレートとヒジリに後退を指示し自分も大きく後ろへ跳ぶ。眼下のメガフロートは既に見る影無く破壊されているが、それでもMSを安定させる程度の大きさで浮かぶ破片は幾つかある。それを確認し、オートパイロットでバランスを調整させる。

ルミナは3機が後退したのを確認するや否やメガビームランチャーを斉射し、既にボロボロとなった3隻に止めを刺した。アリスが悔しげに百式の武器を下げる。彼の目から見てもあの3隻は既に終わりであった。しかし、アリスにしてみても、まったく納得がいかなかった。前回彼と格闘を演じて見せたパイロットならば、あの弾幕の中でももっと肉薄してきたはずであるし、あの時の指揮官ならば、ここまで無様な戦いは演じないことくらいは分る。納得のいかない戦い。しかし、アリスはそれを忘れることにした。なぜなら、それを考えるのは彼の仕事ではないと判断したからだ。

宇宙歴0088.06.23 PM04:00。大和灘付近日本海上。

撃沈した3隻の調査には若干の手間がかかったが、のこったメガフロートの破片を利用し、その破壊された船体は海上まで引き上げられていた。そして、それをみたセイジ少佐は悔しげに表情をゆがめていた。3隻の中には奪われたものは一切無かったのである。どこかで積荷を下ろし、この船は囮に使われたであろうことは、容易に想像がついた。ヒジリはまだ調査を続けようと、水中用プチMSで潜航しているが成果はあまりあがっていないようだ。

戦術的には完全勝利のはずだった。しかし、戦略的にはセイジ達の完全な敗北であった。

奪われた核とMSはどこにあるのか。普通に考えれば、おいそれと隠したり移動したり出来るものではない。かならす先ほどの3隻が必要になる。そう考えたからの作戦であったはずだ。しかし、敵はこの3隻をあっさりと囮として使い捨てた。セイジにはそれがなぜかわからなかった。

しかし、ルミナには一つの確信があった。自分なら、貴重だが使えもしないMSを渡されたら当然ある行動をとるからだ。それを確かめるべく、彼女は月面に連絡をとることとにした。所詮、地球で暮らしているもの達など現実的には何も力を持ていないのだ。真に世界の流れを掴む者は月面にいる。彼女はそれを知っているのだ。ちなみに、それをわざわざ坊やたちに説明する義理は無い。ある悪巧みを考え、彼女はレーザー通信機の前に立った。彼女のお気に入りのハンサムベイビーを地球に下ろさせるには、ちょっとした強引さは欠かせないのだ。セイジへの報告はそのあとで構わない。

アリスとアルフレートは、そういった二人には気を払うことなく、今日の戦いについて話し合っていた。本質的にはこの二人は似た者同士であるらしい。戦術について幾つかの興味深い話を行なう。しかし、友好的な雰囲気とは裏腹に、お互いに妙な確信をもっていた。

すなわち、こいつとはいつか戦うことになるだろうと言う、確信を、である。それはMSに取り付かれた亡者だけがわかる感覚だった。


第1章その3 : 苦労する執行代理人

宇宙歴0088.06.23 PM02:00。オキナワ市郊外の安ホテルの一室。

結局のところ、自分たちの陣営はまた負けたのだと思う。そして、だからこそ自分はここで寝転がってられるのだともおもう。負けることは悪くはない。勝って面倒になるよりも、負けて楽をしたほうがいいに決まっている。そもそも勝ち負けに意味があるとは思えないからだ。

シース=グリムは夢うつつの中でそんなことを考えていた。しかし、その考えも直ぐに霧散した。なぜなら、脳細胞を正常に働かせるにはそこは熱すぎたからだ。バタバタと音を立てる粗末な屋根は直射日光こそ遮るものも、この暑さを和らげる事はない。隣ではティモシー=フランダースが特徴的な禿頭一杯に汗の玉を浮かばせ机に突っ伏している。「ティモシーの巨体だと、慣性恒温動物の原理がはたらくのだな」

などと柄にもなく馬鹿馬鹿しい事を口にしてしまう。30を超えたシース=グリムにとってこの暑さは極限値を超えるものであるようだ。既に茹だった二人を尻目にしきりに情報収集に奔走しているノイーマ=イプセンだけがここでは唯一まともな戦力と言えた。そのノイーマ=イプセンと言えば、最高気温摂氏34度を超えるこの灼熱の島で相変わらず軍服を着込んでいた。その姿を見るだけで、彼が「不沈艦」の異名をとる理由がわかろうと言うものだ。シース=グリムは時計を見て、そして何かを思い出したようにずるずると動きだした。「ティモシー、そろそろ時間だ、用意をするぞ」「いえすっさー、隊長」

ティモシーもふらふらと立ち上がった。その右手に仰々しい狙撃用のライフルさえ持っていなければ、ただの酔っ払いの親父にしか見えなかっただろう。

同刻。オキナワ市臨海市場。

シースら一行は、現在オキナワ経済自由区闇市に身を寄せていた。オキナワは9年前の戦争によるコロニー落しの余波により生じた津波により一度は完全に破壊された。しかし、香港や台湾のある種の経済の重要拠点として再建されたものだ。かつては経済自由区として隆盛を誇っていたオキナワであるが、戦争初頭に壊滅した後は大勢に省みられることなく、現在も地上施設の大半は海に没しており、地表には見えるのはあまり立派とはいえない建物ばかりが不規則に並ぶばかりである。当然ながら主流な流通経路を持つ商社はこのオキナワを見捨てたが、未だ地上に点在する不法生活者の中の少なからずが、かつての経済自由区オキナワに様々な生活物資を求めて集結し始めた。また、商社も表立って取引することを憚られる物などを取引するために、その浮浪者たちの集団を利用した。その結果作られたのが、現在のオキナワ経済自由区闇市である。

ノイーマ=イプセンは既に感心半分呆れ半分と言った表情でその市を歩き回っていた。

自分たちも「商品」を捌いておいてなんだが、ここは無茶苦茶だ、彼にはそうとしか思えなかった。

シース隊長とティモシーの親父さんたちがのびているホテル付近の市では、主に食料品や銃器など「カバンに詰められる程度」のものが取引されていたが、海岸沿いの廃ビル近辺にまで進むと、MS-06の核融合炉だの、RX-75の低反動砲など、おおよそ個人が買うことなど想定できないような馬鹿馬鹿しいものが売られていたからだ。しかも、たまにMSZ-006のマニピュレータの一部等すら転がっているあたりが涙を誘う。

そんな強烈な商品が並ぶとおりを抜けるとようやく港に到着する。目標は取引相手の商人の住むクルーザーである。先日、エンドラ級から降りた際に少しだけ乗せてもらえたが、素晴らしい乗り心地であったことを鮮明に記憶している。ああいったものを見ると、いつか立身出世をし、優雅に暮らしてやろうと言う気力がまたむくむくと湧いてくる。不思議と少しだけ元気になったノイーマは勢い込んで船に乗り込もうとするのと、彼の足元のコンクリートをライフル弾が砕いたのは同時だった。

同刻。オキナワ沖に停泊中の豪華客船ヒンデンブルグ。「なんだと?」

報告を受けた男が苛立たしげに言った。年のころは30歳後半だろうか。明らかに戦闘を訓練を受けたことが予想される剛健そうな肉体を持ち、見栄えではなく実用性を第一に考えられたしなやかな筋肉の鎧を着込んでいる。顔立ちは厳つくえらが張り出しており間違っても愛嬌のある顔立ちではない。さらに止めとばかりに吊りあがったその目は強烈なまでに戦闘的であり、決して平穏の中で暮らせるタイプの人間ではないことが容易に見て取れる。

彼はハウンドやスノーブライトといったコードネームでの相手とやり取りをし、本名を名乗ることはない。

彼は地球連邦上級幹部の直接のエージェントであり、それを自らの天職だと任じている。権力を隠し持つ事の優越感、情報を握りつぶす快楽、自らの策で他者を躍らせる爽快感は至上の美酒であるからだ。

だからこそ、つまらない失敗をするわけには行かないのだ。瞬間的な心理状態の自己制御により彼の心は凍ったような平静さを取り戻す。部下から詳しい情報を聞き出し、現場に向かう。確実を期し、取って置きの機体を用意する。その機体はあらゆる意味で相手の意表をつくことが出来る逸品であり、その一瞬の隙は彼にとって敵を沈めるのに十分な時間なのだ。幾つかのトラブルはあったが、まだ計画は失敗していない。その落ち着きこそが彼の長所であり、そして欠点だった。

同刻。月面。「そう、私よ。えぇ、予定通りね。ラーフラ氏に宜しく」

マリア=エセルバートは魅惑的な営業用の笑顔を崩さず、早口でそう告げる。そして有無を言わせずの、切断。比較的対人的には心の広い彼女ではあったが、マニアだけは別だった。マニアの変質的な知識の奔流を受けるぐらいならば、少しぐらい失礼でもビジネスライクに話を切ったほうがよっぽどましだと彼女は思っている。人の心を感じ取る事に長けた彼女は、却って一方的にまくし立てられることが苦手となっているからだ。

周りに誰もいないのを確認し、ふぅ、と小さく息を吐き、手を頭の腕組む。そしてソファーに深々と座り、足を放り投げ、小さな伸びをする。どうも、ここの所根詰めすぎていたようだ。彼女はそう思い、そのまま後ろに倒れこっみ、もう一度小さく息を吐く。気が、少し緩んでいるようだ。ふと、弱気になった彼女は誰とはなしに言葉を紡いだ。「私、打てるだけの手は打ったわよね、お父さま…」

それは、普段は他人には見せない彼女の一面だった。

マリア=エセルバートの父、ノア=エセルバートは一年戦争で戦死した連邦軍人だった。最終階級は少佐であり、通称エセルバート小隊と呼ばれる特務小隊を率い、ルウム戦役からア・バオア・クー攻略戦まで戦い通した男である。ノア=エセルバートは士官学校を優秀な成績で卒業し、将来を渇望されるも敢えて辺境ともいえるコロニー防衛隊の隊長をやっていたと言われている。また、その柔軟な指揮能力を買われ、戦争開始当初からMSの試験運用を任され、歴史書によるところの初めてのMS同士の戦闘…サイド7のRX−78−2とMS−06の戦闘の一ヶ月以上前から秘密裏に旧ジオン公国のMSと戦闘を行なっていたも言われている。さらに、エセルバート小隊は北アメリカ、オデッサ、ジャブロー、ソロモン、ア・バオア・クーと大きな戦い全てに参加し、彼我撃墜比が1:4を超えるエリートでありつづけたという。それだけにとどまらず、その柔軟な運用能力と高い戦闘能力から様々な試験兵器が与えられ、それらの実戦テストをしつづけたと言う。彼らの実績により正式採用された兵装も少なくはないという。しかし、それらは全て公式記録には残っておらず、アングラ系記録紙にわずかな断片を残すのみであり、多くの人々はその存在すらも知らない。

一年戦争当時、圧倒的にMS不足であった連邦軍にとって特務隊と呼ばれる彼らのような存在は非常に貴重でありかつ機密の存在であったと言われている。事実、エセルバート小隊の正式名称が第13特務小隊であったことからも、最低でもあと12、恐らくはそれ以上の特務小隊があったと推測される。また、なによりも彼らが秘密とされたのは、連邦の初のMS保有部隊は「伝説のNT部隊・第十三独立部隊」であり、反撃の狼煙を上げたのは「連邦の白いMS」であるという、連邦の「ガンダム神話」を作るためであったと言われている。「ガンダム神話」は連邦軍の士気高揚に大いに利用されることになり、更なる惨禍を招いたことは歴史家の共通の認識である。ジオンの技術を流用していたため、予算が下りなかったNT研究所が、試作MSをいわゆるガンダムフェイスにすることで、予算を獲得したことなど、ガンダム神話の悪影響は枚挙に暇がない。

ともあれ、彼女は偉大な父ノア=エセルバートに対し過剰とも言える思慕を抱いていており、いささか度の過ぎたファーザー・コンプレックスを持っている。したがって、彼の部隊の生き残りであり、ノア=エセルバートのいいかげんさを目の当たりにしているアリス=ジェファーソンあたりとは大いに意見が食い違うところがある。彼女も一応自分の性癖を恥じてはいるらしく、普段は表に出さずに強い女を演じているが、それは彼女の一面に過ぎないと言うことだろう。「姐さん。姐さんってば、寝てるんですか、起きて、起きて下さい!」

マリアの暗転した意識は平凡男レヴィンの絶叫により引き戻された。部屋の隅にあるTV電話がレヴィンの姿を映している。恐らくはレーザー通信経由なのだろう。画像の質は粗く、挙句たまに途切れている。マリアは着信を了承していないのでマイクもカメラも動いていないのに、レヴィンは彼女の様子を正確に言い当てていた。若干、カチンと来るマリア。おかげで、普段の彼女に戻れた。

マリアは慌ててはだけていたシャツを直し、レヴィンと回線を繋ぎ、一言こう告げた。それはとても優しい声だった。「安心して、レヴィン=レイクサイド。あなたの強襲降下艇が襲われることは予定内よ。」「じゃ、じゃあ、手をもってあるンですね?」「えーっとね、予定より少し早かったみたいなのよ。あと10分、頑張れるわね。」

しばしの沈黙が通信を支配する。「あーねーさーんーーーーーー、無理です。ハイザック・カスタムが群れをなして飛んで来てます。」「あのねぇ、泣き事なんていわないこと、いいわね。そもそも、予定よりこんなに早く見つかったってことは、私の知らない情報流出経路があるってことよ、なにか心あたりはないの?」

再び、しばしの沈黙。なにやら探知機のようなものを取り出し、ガサゴソと自分の体を調べていたレヴィン突如硬直した。何かを見つけたらしい。「あのチンピラどもかぁ…」

絞り出すような声でうめく。彼が胸ポケットから取り出した写真には極薄の発信機のようなものが取り付けられていた。それは、ミノフスキー粒子濃度の高い戦闘宙域ならばともかく、コロニー内を歩いているときならば十分なマーカーとなるものだった。レヴィンは己の迂闊さを呪った。「発信機でも、つけられていたんでしょう。良かったわ、最近あなたと直接連絡をとっていなくて」

レヴィンは己の上司の淡白さも呪った。「そもそも、なんで自分だけがこの船に乗ってるんですか?」

とりあえず、反論してみる。「しょうがないじゃない。その降下艇のGに私じゃきっと耐えられないわ。でもあなたなら大丈夫だって信じているわ」

薮蛇だったらしい。「ま、待ってください、姐さん。自分は何も聞いてませんが…?」

予想は出来た。一刻も早く『この戦力』を地上のセイジ達に届けるため、通常の安全速度を無視して飛ぶであろうことは。しかし、敵の攻撃は、なお厳しくなってきた。このままでは、船に積みこまれた『戦力』がシーリングされたまま破壊されてしまう。そのとき、誰かが回線に割り込んできた。つんざくような雑音は無理矢理電波を飛ばしている証拠だ。しかも、その割り込み方は恐らくは軍用回線であり、しかも発信元は戦艦だ。「何をやっている、Mk−IIIをだせ!!」

荒々しい感じのする声に、レヴィンは聞き覚えがあった。「ガル大尉?」「援軍が届いたみたいね」

落ち着いた声で言うマリア。「ガル大尉が援軍なんですか?!」「彼はもうMSには乗れない体だわ。でもね、いまはある船の艦長をやっているのよ」

強力なビーム砲が強襲降下艇を掠め、敵のMSを狙撃する。戦艦の主砲での狙撃などレヴィンは聞いたことがなかった。遥か彼方に白い艦影が見える。近ければきっとどことなく中華風の翼ある白馬のエンブレムが見えたことだろろう。その艦からの通信であり、援護射撃だった。「レヴィン君、おれのMk−IIIを君に預ける。エセルバート女史の用意してくれたフライングアーマーもある…」

ガル艦長は言葉を切った。「ガツーンと一発、キャノンをぶちかまして来い!」


第1章その4 : 懲りない永遠の新兵 raw recruit

宇宙歴0088.06.23 PM05:00。月面。「判ったわ、ミス・ルミナ」

ふぅ、と軽く息をついてから、マリア=エセルバートはそのくりっとした大きな瞳を閉じた。年の割に幼げな容姿も、ここ数日の激務の疲労を隠せない。「つまりは、こう言うことね。奪われた機体は恐らく地球の闇ルートに流された。それがもし表に出るようなことになれば、それを最初にこの月面から持ち出したのは誰かという、責任問題が起きる。それに対して、貴女はあなたなりの方法で解決する用意がある、と」

一語、一語を切るように話を進める。やや、棘がある。「あんた風の言い回しで言うと、そうなるわけね、マリー」

肩を竦め、やってられない、といった仕草をした女性はマリアとはまったく逆のタイプだった。ルミナの些細な仕草にも肉感溢れる彼女の魅力をより見せつけるための術が仕込まれているかのようだ。妙になれなれしく、無礼でいて、相手の警戒心を煽らないように細心の注意が払われた態度だった。そして、それがまた、マリアのカンに触るのだった。マリアは全神経を集中し平静さを保つ。「いいでしょう、ミス・ルミナ。貴女が現在の私の依頼人である人間の下で働いていることも、その人間の利益になることをいっていることも判ったわ。でも、なぜ貴女は、何故私にこんな話をするのですか?それも、わざわざ月までの秘匿回線を使ってまで、です」

平静さが保てていない。マリアは自分で自分の未熟さを痛感する。「ふふ、決まっているじゃないの、マリー」

ルミナの態度はまるでマリアがお気に入りのおもちゃであるかのように、あけすけでそれでいて柔らかい。「マリーならばやってくれると思ったからよ。どう、悪い条件ではないでしょう?クライアントに手助けになり、アナハイムには先行情報をリークできる。手間はちょっとだけのお願い。MS開発局のテスト運用に地上試験って項目を入れてもらうだけ…どうぅ、お徳じゃなくて?」

マリアはルミナの口元に浮かびつづける笑みは、恐らくマリアには一生真似できないたぐいのものであることは認めざるをえない。正直に言えば、マリアは彼女から悪意は感じない。邪気も感じない。あるのはある種の恍惚と享楽だ。そしてこの世において、それらを感受するための手段についても精通している、老獪さを併せ持っている。

マリアは己の価値観を排除し、全体としての価値から、この件の最終的な判断を下すことにした。そして、結局はルミナの意向を飲むことにした。周囲の社会から見て、その意向がマリアの信頼を低下させるものではないことと、それで彼女に貸しを作っておくことの利点を鑑みると、それをける必要はないと判断したからだ。その代わり、アリスが暴走しそうになったら、確実に押さえてもらうよう、約束を取り付けた。

交渉がまとまるとルミナは投げキッスをしながら陽気に通信をきった。マリアは敵わないなと苦笑せざるを得なかった。マリアはルミナに対する自分の敵を分析してみると、ルミナの中に彼女の父親と同種の『力強さ』を感じ、それに嫉妬したと気づいた。苦笑しながら、自分の頭を小突き、罪滅ぼしとばかりに彼女の依頼を遂行する。

調査してみれば、それは簡単な仕事だった。今は誰も使用していないテストベッドを一つ地上で運用試験するように働きかけるだけでよかったからだ。そして、その手の『業種』に圧力を掛けやすいコネを彼女はいくつも持っていた。幸いなことに、ルミナの思い人は軌道上のドック艦に格納されていること、そしてそのドック艦はレヴィンの船の航路の近くにあることが判った。

こうして、ルミナのハンサムベイビーはレヴィンの手で運ばれることになった。

宇宙歴0088.06.23 PM03:00。オキナワ市臨海市場付近港湾部。

時間は若干戻る。そして、そのとき、ノイーマ=イプセンは己の幸薄い26年の歴史を走馬灯のように反芻していた。着弾したライフル弾に、弾かれるように後ろに飛んだのが幸いし、商売相手のラーフラ氏のクルーザの爆発には巻き込まれずに済んだ。しかしながら、周囲に現れた警察を名乗る暴力集団からは逃げ切れず、港の端の荷物の山の向こうに緊急避難したところだった。絶体絶命、蟷螂の斧、風前の灯火。アジアに長くいたために覚えた、現地の諺が頭を過ぎる。

そもそも、「ほんの少しだけ」上流階級「風味」の家に生まれた彼は、真の上流階級入りを目指すことを宿命付けれれていたのだ。そして、出世という野心を持つ宇宙歴0079年代の若者の多くがそうであるように、彼も軍隊に入隊したのであった。さらに、優秀だったペーパーテストの結果に物を言わせ、当時ザビ家を除けばほぼ最高の地位を持つローンガル准将の息子、レナム=ローンガルの所属する小隊に配属された。そこまではトントン拍子だったのだ。どこで間違ったのだろう?武装は拳銃一丁のみの彼は、まずは落ち着きを取り戻すことにした。シース隊長にとって自分がまだ利用価値があれば、きっと助けてもらえるだろうから。

シース=グリム隊長の「伍長、准尉、私を守れぇぇぇ!」という心躍る名台詞を聞いたあたりからだろうか?結局二人とも間に合わず、隊長機は落ちたのだが。まぁ、死ななかったし、良いだろう。

それとも、射撃の名手であるティモシー=フランダース副隊長の「ゴッグはいやだぁ!俺はグフにのりたいんじゃぁ!」という欲望の迸りを耳にしたあたりからだろうか?結局、自分の腕を生かすべくゴッグに乗るよう、隊長に説得されたのだが。まぁ、死ななかったし、良いだろう。

はたまた、自分の駆るMS-06Jが戦車の機銃で撃破されたあたりからだろうか?まぁ、死ななかったし、良いだろう。

結局のところ、なにはともあれ、彼らジオン公国は敗れた。もちろんくやしかったが、思ったより悲しくはなかった。ジオン公国のやり口は今となってはノイーマにも受け入れがたいものがあったからだ。しかし、連邦もジオン共和国もまた、よしとはいえなかった。戦後に一部の人間にのみ戦争責任を押し付け、安穏と暮らす彼らをよしとはいえなかったのだ。もちろんそれは、自分の家族が戦犯とし裁かれたことによる感情論もあるだろうが、それだけではないとノイーマは思っていた。だから、連邦にも投降せず、反政府活動を続けているのだ。もちろん、ノイーマはそんな自分もよしとはいえなかった。しかし、いつか錦を揚げると言う野心を未だに捨てていない彼は安穏と暮らすことなど出来はしなかったのだ。もっとも、ローンガル准将は戦死し、家族も獄中で生死不明の状況で、明確な勝算や目的があるわけではないのだが。

それはそれとして、彼らシース隊が0079年に地球に降下し、配属されたのはアジア=オセアニア地域であった。この地域は、地球上で最後まで公式なジオン軍が残った地であり、また大きな敗戦もなく、比較的穏やかに過ごせた場所であった。従事した作戦も、オデッサからの敗軍兵を案内したり、彼らに渡されるはずのMS-09を横流ししたり、オーストラリア地区に秘密兵器を運んだりと、地味なものが多かった。連邦極東方面軍とこの地にあったジオンの秘密基地との戦闘にも、結局参加はしなかった。なんと言っても地上攻撃軍のガルマ司令官は北アメリカにおり、地球第二の実力者マ=クベ司令官もウラル地方の資源に目が言っていたため、アジア=オセアニアには大きな戦いはなかったのだ。したがって、オデッサにもジャブローにも行っていない。むしろ、戦後の方が大きな作戦に参加することになってしまったともいえよう。デラーズ=フリートの地球降下を援護し、たんまりと補給を頂いたこともあるし、カラバに請われて地球連邦の基地に攻撃を仕掛けたこともある。

ただし、不思議といずれも作戦も「最終的には自分が属している側」の軍の最終目標が達成されたことはない。それは惨めなことだ。しかし、それ以上に不思議なことに、彼は、未だに、五体満足で、生きているということだ。さすがのノイーマをもってしても、それが自分の幸運のせいだとは思っていなかった。誰のおかげかといえば、絶妙のタイミングで勢力に力を貸し、そしてさっさと逃げ出す隊長のおかげだろう。そして、そう思うのは、そもそも、ノイーマは自分は幸運から最も遠い位置にいる人物であることを任じていたからである。間違っても、負け犬根性が染み付いているから自分に自信がないわけではない、と自分では信じている。

今回の件も、ノイーマはそもそも豪華クルーザに向かうのに隊長がこなかった時点でおかしいと思うべきであった。おそらく、シースは彼らがMSを売り払った相手が連邦にマークされるであろうこと、マークされた相手は連邦に拿捕されるか自分たちを連邦に売るかのどちらかであろうことを推測していたのだろう。そして、相手の思う通りに動いてやることでトラブルを最小限にし、最後の最後で彼らに三行半を叩きつける。シース=グリムいつものやり口だとノイーマは思った。そして、自分が囮になるのもいつものことだと思った。その諦めが簡単につけられるようになった自分が、そこはかとなく好きだった。すでに周囲の攻撃に対し反応を示すことなく、なにやらぶつぶつと呟きつづける彼に、周囲の男たちは少なからず動揺した。

ノイーマが走馬灯という名の妄想に更けているうちに、彼を狙う野良犬のような男たちは動揺しつつも、その包囲の輪を縮めていた。そして、いざ、ノイーマに迫ろうとした瞬間、彼らの目の隅に、彼らに向かって飛来する飛行物体を捕らえていた。それは小型のヘリだった。通常は戦闘には用いられないタイプであり、当然武装は武装はついていない。ウエポンベイもない。にもかかわらず、そのヘリは外部武装を持っていた。ティモシー=フランダースという名の固定兵装を、である。そして、その固定兵装から射出されるライフル弾は瞬く間に包囲網を蹴散らしていく。上空からの攻撃に男たちは慌てて物陰に隠れる。さらに追い討ちを掛けるうにヘリのスピーカーから陰鬱な声が響く。説得でもしようというのか。攻撃をティモシーに任せ、操縦に専念していたシースがしゃべっているのだ。「あー、諸兄らに告ぐ。死にたくなければどくように」

少なくとも説得ではないようだ。むしろ挑発だ。そして、その挑発に腹を立てた男がヘリを攻撃しようと物陰から姿をあらわしたとたん、その男にライフル弾が飛ぶ。ひゅぷっどん、と、ひどく、間抜けな音がしてその男の背骨が吹き飛んだ。

形勢が変わったかに見えた。しかし、男たちの黒幕も一歩先は読んでいたようだ。すなわち、こちらの伏兵を奇襲される可能性だ。その黒幕の男をここではハウンドと呼ぶことにしよう、ハウンドは予定通り、周囲に控えさせておいたクルーザーに連絡を入れると、それまで布などで隠されていた固定式の重機関砲が露わになる。重機関砲の前に人間や軽ヘリコプターなど物の数ではなく、むしろ、大げさすぎて困るほどだ。命令を下す時の心配事は戦闘に勝利できるかではなく、後始末をどうつけるかということでしかない。ハウンドの号令の元に重機関砲が轟音を上げ哀れなジオン残党どもをミンチに変えるはずだ。いや、はずだった。重機関砲が上げた轟音は鉛球を吐き出す絶叫ではなく、その鉄の体をバラバラに打ち砕かれる断末魔だった。水面下から攻撃により、それらはすべて海の藻屑となりさがった。状況についていけず、へたり込んだままのノイーマの目の前の水面が盛り上がり、彼にとって見慣れた巨大機械の頭部が姿をあらわした。「イプセンさん、ご無事でなによりです。レナム=ローンガル、釜山からただいま戻りました。」

明るい声で、能天気な台詞がザクの頭部から響く。その声は既に放心状態のノイーマの頭上を通過し、シース隊長にまでと抱いたようだ。陰気な声のシースがやはりスピーカーで返す。「レナム、せっかく予定より早く戻っていたのに、MSの中で待たせて悪かったな。しかし、おかげでねずみは大分駆逐できた。ご苦労だったな。」

ざばぁ、という大きな音と友にレナムの乗ってきたMSが姿をあらわす。ザクマリナーだ。ジオンが造ったMSを連邦が接収して改装し、それをジオンが奪い返して運用しているという、少女漫画の主人公も裸足で逃げ出す数奇な運命に翻弄されてきたMSだ。「いえいえ、シース隊長。これも連邦の犬を蹴散らすためですから、問題はありません」

その様子を見ていたティモシーは、ヘリコプターのランディングバンパーにぶら下がったまま半眼の目で呟いた。「それがいいが、レナ。おまえ水しぶき立てすぎだ。ノイーマの野郎が波に呑まれてんぞ」

…さきほどまで、ノイーマが必死に手足をばたつかせていたあたりから、一際大きな泡が持ち上がり、そして静かになった。レナムが慌ててザクマリナーでノイーマ掬いをやる羽目になったのは、その後の話である。

宇宙歴0088.06.23 PM08:00。軌道上。「流石に桁違いだな、ガンダムというヤツは…」

追跡部隊をやすやすと屠ったレヴィン=レイクサイドは凍てつくような宇宙の中で、一人呟いた。より正確には、彼の周囲の宇宙は360度スクリーンと呼ばれる人工の宇宙だが。そして、そこには無数の戦闘情報が表示されているが、その状態はすべて『破壊済み』とある。ムーバルフレームを持たないハイザックはガンダムMk-IIIとは動きの次元自体が異なる。そして、彼らの装甲ではビームキャノンの最大射界の外でも容易に破壊できた。

それは既に戦闘とは呼べないものだった。レヴィンは淡々と的を撃っただけであり、ハイザックはその攻撃範囲に踏み込めた機体すらわずかだった。これまでに3波の追撃隊が来たが、いずれも結果は同じであり、何の感慨もなかった。

やがて、戦闘のための情報封鎖が解除され、マリアとの通信が回復する。彼は慌てて冷酷な『一人のときのレヴィン』の人格を引っ込め、間抜けな『マリアといるときのレヴィン』の人格を引き摺り出す。さまざまな人間に多重人格を指摘されるが、彼はそれを苦にしていなかった。月でゴロツキをしていた非人間的な『一人のときのレヴィン』よりも人間的過ぎる『マリアといるときのレヴィン』の方がよほど上等に思えたし、『マリアといるときのレヴィン』はその定義どおり、マリアの前にいるときしか出てこない面なので、マリアの前ではよほどのことがない限り、垢抜けない『マリアといるときのレヴィン』で居ることにしている。

一通りの漫才のあとに、彼の輸送艦はさらに荷物が増えることが通告された。当然、反論の余地はなかったようだ。

過積載という言葉は、人間が物を運ぶという行為を行なう以上、決して消えることはないようだ。

宇宙歴0088.06.23 PM10:00。大和灘付近日本海上のユーコン級潜水艦内部。「では、ルミナさんはジオン残党に奪われたMSは売り払われた可能性が高い、そうおもっているんだね?」

セイジ=ヤシマ少佐は、自分の執務室に尋ねてきた、かつて共に戦ったこともある戦友に、若干砕けた口調で尋ねた。「イエス、サー。自分で使えないMSを保有するほどの間抜けなら、この8年間も生き残れないと思うわね。恐らくは台湾か上海、香港あたりの闇も扱う個人商会に売り払ったってみるのが妥当だわ。」

問われたルミナはやや茶目っ気を含ませた敬語を織り込み、そう答えた。そして、その敬語にセイジがくすぐったがる様子を楽しんでいた。「わかった、ルミナさん。蛇の道はヘビ。貴女がそういうならば信じるよ。今回のメガフロートを利用した作戦はエンドラ級を止められたことでよしとするように上層部に掛け合ってみるよ。申し訳ないけれど、ルミナさんは引き続き作戦を続行してもらいたいけど、いいかな?」「それは構いませんが、サー。自分のアッシマーは損害が酷いので、代替MSが必要よ。」「…そうですね。GMIII辺りならば回して貰えると思うけれど、それではルミナさんには役不足でしょうし。それ以上となると、直ぐには難しいですね。」「それは分ってるわ、サー。問題なければ、アナハイムから供与されるテスト機を使わせて貰いたいんだけど」

セイジは再び苦笑し、そして首を縦に振るしかなかった。「ルミナさんも人が悪い。MSを確保してそういう切り出し方をされれば使うなとは言えないでしょう?

で、何を確保したんですか?

確かルミナさんはZZ計画のテストパイロットをしていたけど、ZZは既に完成して、エゥーゴのアーガマ隊に配属されたって聞いてますから…次の『ガンダム』ですか?」

恐らくは、その質問を待っていたのだろう。得意げに胸を張り、ルミナは答えた。「新しいガンダムってのは半分の正解だわ、サー。

今度のテスト機体はフルアーマー・ダブルゼータ。通称FAZZ(ファッツ)よ」

同刻。同所。おまけ。おまけ、開幕。暗い部屋に、男が二人。二人の居るところにだけ、ライトが当たっている。「…なぁ、アルフレート」「なんだよ、アリス」「お前、知ってるか?」「何をだよ?」「ははは。この小説、当初の企画じゃ、俺が主役の予定だったってことをさ。」「そんなこと、オレが知るかよ。第一、どう見てもお前は主役じゃないぞ。ここ数回、オマエ、顔すら出してないじゃねぇか」「ははは、予定は未定、っていい台詞だよな…」「…頼むから、オマエその乾いた笑いは止めろよ」暗転後、おまけ、終幕。


第2章その1 : 暴走する突撃兵 StormTrooper

宇宙歴0088.06.24AM03:00。釜山港。

ハウンドは飼主が誰であろうと懐かない。

ハウンドは上司が誰であろうと背かない。

ハウンドは標的が誰であろうと躊躇わない。

だから、ハウンドなのだ。ハウンドと言う名はある意味群体的性格を帯びたものだ。それは一つにして多であるが故に死ぬことが無く、多にして一つであるが故に迷わない。

ハウンドは地球と言う権力機構そのものに忠誠を誓った猟犬である。したがって、その行動は時として超法規的判断により犯罪行為を公然と行なうことがある。ラーフラ商会を別件逮捕し、証拠品差し押さえの名のもとに商会がシース・グリム隊から買い取ったMSを徴発したのもその一つであると言えよう。

しかし、徴発したMSを確認したそのハウンドは若干の失望を隠せなかった。なぜなら、地球圏において最高峰の一つであるハウンドの情報網によれば、眼前のMS達の他に数体のMSが存在するはずであったからであった。それらの確保も彼の任務のうちであり、そのためシース隊の身柄を確保する必要があった。

その後行動に移ったハウンドであったが、若干の油断から沖縄ではシース隊の確保に失敗し、挙句彼らの行方を見失ってしまっていた。ただし、ラーフラ商会に売らなかったMSは一個小隊分もあり、通常の人間には隠せるものではないはずであった。ハウンドは幾つかの候補地の中からシース隊が以前潜伏していた、朝鮮半島の釜山港近郊の廃棄基地の調査を行なっていた。

ハウンドはこの場にMSがあるとは思っていないが、何らかの手掛りがあることは確信していた。

宇宙歴0088.06.24AM08:00。香港。「と、言うわけだから。すまないね、フタバ」

セイジが、そう優しい言葉を発してから一晩がたった。

昨晩、ルミナ=ラミナからの助言を受けたセイジ=ヤシマ少佐は、彼の秘書官であるフタバ=ムラサメにMSが売買された時に動いたであろう資金の流れの調査を依頼した。

このフタバ=ムラサメは対外的にはセイジ=ヤシマの恋人であると認識されており、口の悪い者等は「名門ヤシマ家の若造がコネで少佐になっただけでは飽き足らず恋人までも職場に引きずり込んでいる」などと言って憚らない。また、セイジの父であるコウゾウ=ヤシマ提督が彼らを庇う節があるため、余計にそういった風評が立っている。そして、セイジもあえてそれを否定しようとはしていなかった。

これは、実の所フタバ=ムラサメという女性の特殊性が大きく関与している。彼女もかつてセイジと敵対関係にあった強化人間の研究者ラルターク技術少尉の手による強化人間なのである。さらにいえば、初期において完成されていない技術で調整された彼女は、精神および記憶が著しく不安定であり結局のところ廃棄同然に使い殺されそうになったところをセイジが救った経緯がある。

そのため、セイジは自分が下手に釈明し、彼女の過去が公になることを恐れ、それくらいならば自分が悪く言われることを望んだと言うわけである。ヤシマ提督としても不本意だがセイジの好きにさせていると言うのが本当のところのようだ。もっとも、ヤシマ提督がフタバを実の娘のように溺愛しているとの噂もあるが、氏の名誉のためにも憶測で物を言うのは避ける。結局のところ、息子だけでなく娘も欲しかったというのは事実であろうが。

そのような状況にあるが、セイジとフタバはそういった方面に関しては非常に幼いところがあるらしく二人の関係は非常に事務的であり、かつギクシャクとしている。MSに乗らなくなったために精神が安定してきたフタバを刺激したくないと言うのがセイジの弁だが、彼の幼馴染であるところのリョウ=イチノセ氏に言わせれば、セイジに根性が無いだけだと言うことになる。

ただし、そのリョウにしてもフタバに甘いと言う点では人語に落ちない。

フタバが深夜まで仕事をしているのを見咎めるやいなや、さっさと彼女を休ませ後の仕事は彼の徹夜の原因となった。したがって、明朝の朝食前に報告書が出来上がったことに驚いたセイジは、その作成過程に対してもまた驚く羽目になった。

セイジから見ればリョウもフタバと変わらない、いや肉体的にはより酷い損傷を受けており、そのため徹夜などは言語道断、悪魔の所業なのだが頑固な幼馴染には頭を痛めているといったところである。もっとも、リョウにしたところでセイジの過保護ぶりはもはや表彰物であり、フタバとの子供が出来た暁には親馬鹿の称号を欲しいがままにするであろう吹聴している。はたから見れば微笑ましい友情であった。

報告書にもろくに目を通さず、通信機越しにリョウと言い争っているセイジはようやくその場に部下が居ることを思い出し、慌てて取り繕うが当然のことながら既に遅い。なんとか言い訳をしようとするが、それも結局のところ無駄であり、さらに言えば、セイジのここまでの背伸びしたような言い回しもその場に居る猛者どもにはヒヨッコのツッパリにしか見えていなかったであろう事は言うまでも無い。

結局のところ、朝食前のミーティングはお流れになり、セイジは肩を落としながら一人報告書に目を通す羽目になった。そこにはラーフラ商会というジオンシンパのインド系の商人がMSを買い取ったこと、さらに、ラーフラ商会の所有する客船にMSが積載され、釜山に向かったことを知る。釜山に向う理由には、残りの商品の回収のためらしいことが記されていた。しかし、この時点ではその商品とやらが何なのかはわからなかった。

セイジは事の流れからMSかなにかであろうと考えていたのだが、実際にはそのような生易しいものではないことを彼がこの時点で知りえなかったことを責めることは誰にもできない。

宇宙歴0088.06.24AM10:00。大和灘。

朝食後、仕官クラスによるミーティングで、セイジは今後釜山に向かい、客船の動きを止めることを提案した。基本的に上官の命令には服従するヤタガミは当然のことながら依存は無かった。そして、このミーティングの参加者は彼だけだった。

ミーティングに出席しなかったものの言い分は、現時点ではそれ以外の行動はありえないこと、またここが正式な軍隊でないことなどから、わざわざミーティングに出る必要性を感じなかったとのことだが、セイジは己の胃が掘削されていくことを感じざるを得なかった。

さらにいえば、ミーティングどころか艦にすら居なかったものがいる。

ルミナは早朝に宇宙からの小荷物を受け取るためと称し艦から離脱している。どうやら、レヴィン=レイクサイドの着水地点が判明したらしく、小躍りしながら太平洋へと旅立った様を警備員が目撃している。彼女はセイジの命令書をはためかせ、艦に備えつけの小型艇を使用したようだが、セイジが許可したのはFAZZの使用であって、軍の備品の無断借用は許した覚えは無かったのだが、いまさら警備員を責めるわけにはいくまい。セイジはさらに己の胃が掘削されていくことを感じざるを得なかった。

そのころアリスは、警戒の名のもとに百式の設定の再調整を行なっていた。メガフロート戦では得意の足が生かせず百式の特性を発揮できなかったので不満であるらしく、しきりに設定を変えては微調整を行なっていた。

突然、百式改の強化されたレーダーは宇宙からの突入艇の影を捕らえた。シミュレーションのために繋いであった船体の大型コンピュータは突入艇は朝鮮半島、釜山付近に着陸することを告げた。同時に猛烈な雑音と共に突入艇から発信される情報を受信する。調整のため電源が入ったままであった戦術コンピュータが暗号と雑音を消去し、なんとか聞き取れる音を拾い、スピーカーがそれを流す。

アリスの動きが止まった。

若干の沈黙のあと、突如整備デッキを振り払い、歩き出す百式改。

悲鳴をあげる整備員たち。しかし、アリスに静止の声は届かない。

有無を言わせず発射されたバルカンはMSデッキの発信制御装置を破壊し、艦橋からのコントロールを遮断する。

一切の躊躇無くハッチをこじ開け、百式特有の強力なブースターを全開にし、一気に飛び去る。

全てがあっという間であった。

浮上していたとはいえ、いきなりMSに内部を混乱させられた潜水艦は当然のことながら著しい浸水を受けることとなり、バランスを崩し、床を30度以上の斜面にしたところで何とか安定させる。「何事だ?!敵の攻撃なのか?!」

セイジは叫びながら艦橋に向ったが、艦橋のほうでも状況が確認できないでいたらしく、オペレータから有意な情報を得ることは出来ない。艦自体が混乱に陥っており、MS格納庫で何かあったことしかわからないのだ。有意な情報が入るのは上空を飛ぶ航空機からの通信を受けるまで、なかった。

この時点で唯一まともな行動が可能な位置にいた男は不幸にもシンだけであった。シンは航空機用のカタパルトで作業をしていたためMS格納庫の混乱の直撃を受けずに済み、かつ、緊急発進することでなんを逃れたのだった。

シンはアリスの百式が飛び去るのを確認したが、彼にしては賢明にもアリスを追わず、レーダーでのみ補足するに留め、それを艦に連絡したのだった。「こちら、シン。少佐、アリスの様子は普通じゃなかった。いつも普通じゃないが、さっきは輪を掛けて、だ」

彼独自の言い回しに、いらつきつつも何とか指示するセイジ。「了解した。アリスさんを単独で生かせるわけにはいかない。連れ戻してください。戦闘機のみでは話にならないでしょうから、MSが出るまで待機してください」

シンはその命令に何か言いたげだったが、敢えて飲み込んだ。「それにしても、シンさん。アリスさんは一体どうしたんですか?」

おそらく、それは答えを期待されていない問いだった。しかし、シン=チャン=リンコは確信をもって答えた。「アリスが聞いたのは、アイツの声。アリスの時間はガンダムを落されたあの日から止まっている。」

セイジにはシンの言っている事の意味がわからなかった。しかし、アリスが誰かを追って飛び出したの事実だけは理解した。ちょうど、アルフレートがジャジャを発進させたのが見える。「シンさん、アイツって…とにかく、今はアリスさんを追ってください。念のためにアルフレートさんを連れて行ってください」「了解」「イエッサー」

アルフレートとシンの声が重なるのと同時に、ストライクワイバーンのMSラッチにジャジャが強引につかまり、彼らはアリスを追って飛び去った。

宇宙歴0088.06.24PM03:00。台湾。

男はシャトルのドアを気だるげにくぐり、空を見上げる。「暑いな。それに身体が重い。やはり私は宇宙空間の方が良いぞ。ききっぱなしのエアコンは偉大だ」

その男、テツヤ=カワムラは宇宙港に着くや否やぼやく。彼は40歳を超えたところだが、体力的にはもう少し上のようだ。白髪混じりの上薄くなった頭髪と皺の刻まれた痩せた顔は彼を老人に見せている。作業員のような簡素な服を着ている上にその服もしわだらけでまったくだらしないが、その眼光の鋭さが、彼が外見道理の疲れた中年でないことを表している。分厚い眼鏡の下の釣り上がった目はまるで猛禽のそれである。彼を追うように現れた青年はアルカード=シアニスという。カワムラとは対照的な細く穏やかな目と優しげな表情、そして涼しげな長い黒髪、止めのトラディッショナルスタイルシーツの着こなしは彼を好青年に見せているのであるが、彼を実際に知るものは全員が全員意見を揃えて外見に惑わされるなと言うだろう。何故かと問われれば彼のその性癖を挙げるだろう。彼は無類の天才クラッカーである上に好奇心の赴くままに動くことをよしとする天性のトラブルメイカーなのだ。その性癖ゆえに彼は社会生活を送れず、犯罪者として指名手配をされているのだが、その才能ゆえにカワムラに囲われているのだ。「お師様、それゆえにこの環境はMSの性能を引き出すのが面白いのではないですか。愚痴を言うものではありませんよ」

その細い目をさらに細め諭すように言う。「隊長からの依頼で資金も潤沢、仕込みも上々です。あれらのシステムをテストするよい機会です。しかも新型を好きなようにいじれるというではありませんか。さすが隊長ですね」

優しげな笑みだがその目は笑っていない。カワムラもその声に殆ど反応を示しておらず、それどころかアリスがどうの、MSのコントロールシステムの改造が遅れるがどうのと愚痴をもらすばかりであった。「お師様がこの調子ではMSの地上運用への改装はほとんど私がやるようですかね。やれやれ、面倒なことになりそうですね」

師と呼ぶ男に、相手が聞いていないと知りつつそういうアルカードの表情はとても楽しそうであった。


第2章その2 : 心に傷をもつ兵士 heart wounded soldier

宇宙歴0088.06.24PM09:00。釜山近郊。

爆音と共に一機のGMIIIの頭部ユニットが吹き飛んだ。

山腹に巧妙に隠されたMS用ハッチを開こうとした瞬間に飛び出したコイルボムがその機体の頭部に巻きつけられたのだ。さらにモニターを破壊された機体に向かい、周囲の岩塊が射出される。岩塊はMSの装甲を破るほどのものではないが、数個の岩塊内に張り巡らせられたワイヤーが岩を錘としてそのMSの自由を奪う。「電磁誘導式のコイルボムに即席ボーラか。味なまねをする」

ハウンドはいまいましげに呟いた。

6機のGMIIIを率いてシース隊の潜伏場所を調査していた彼は思わぬトラップに足を止めた。彼自身はMSに乗らず指揮車から様子を伺っていたが、どうも廃棄工場の裏山に掘り込まれた格納庫にはシース隊特製の罠が満載されているらしい。それらの多くはMS用であるらしくハウンドの部下たちはGMIIIによる探索は無理であるとハウンドに報告した。

彼としても無意味な損害は望むところではなく、また多くの場合MS用に罠を張る場合は人間には手薄になりやすいであろうと判断し、彼が1人で侵入し調査することになった。彼の部下らは同行すると主張したが、単独の潜入に長けた彼とは異なりパイロットを主たる生業としている彼らを連れていくことをハウンドは承諾しなかったからだ。

潜入用の装備を纏うと、彼の心は指揮官から破壊工作員のそれへと変貌していく。薄笑いを浮かべ、彼は構造物内へと進入した。

薄笑いの意味は簡単だ。罠があるということは重要なものが隠されているという目印なのだから。

宇宙歴0088.06.24PM10:12。釜山近郊。

ハウンドが侵入してから一時間が経とうとしていた。

GMIII隊は相変わらず周囲を警戒していた。指揮官がいない今、彼らとしては非常に動きにくい立場にいるに違いない。訓練されたはずの陣形もやや乱れがあった。

そのためだろうか。彼らは一瞬対応が遅れた。その攻撃が遠距離からのビームキャノンであることに気づいた時には既に最初の犠牲者が出ていた。

延べ20平方キロメートルを超える廃棄基地の外延からいくつかの建物をぶち抜いて突き刺さったビームの本数は4本あった。連続して降り注いだビームのシャワーは頭部を失ったGMIIIの装甲を容易に打ちぬきすさまじい熱を撒き散らし、瞬く間にそれを物言わぬ残骸へと変化させたのだ。

GM達は慌ててそちらの方にシールドを構え、斜を描くように防御陣形を構成する。さらにレーダーが強化された機体は周囲を走査し、いくつかの機影を発見するが、警告を発する直前にその機体に短い円柱から三本の長いブレードのついた凶器が突き立ち、やはり一撃の元に沈黙させられる。先ほどの攻撃は陽動だったのだ。別の方から凄まじい速度で迫る機影は、まるでMS−09を彷彿とする、そのパイロットの見た事の無いものであった。GMの戦術コンピュータの表示も「Unknown」であり、情報が無い。そして、その情報不足が招く危険とは、即ち敗北だ。戦術コンピュータの指示に慣れたパイロットはその指示に従い、攻め、守り、そして勝つ。したがって、その指示が誤っていた場合、すなわち謎のMSがサーベルの基部を構えた瞬間にその射軸上に警戒信号を発したにも関わらず、「その基部の両側から」メガ粒子が発信された場合、彼はなすすべも無く切られるしかなかった。誘爆し、砕け散るGMを尻目に次の機体に迫る謎の重MS。

新たな情報が入力された戦術コンピュータは直ちに情報を修正する。しかし、その機体の「袖」が開き三連ガトリング砲が火を吹くのを、やはり予測できなかった。モニターが割れる。投擲用ブレード、ダブルビームサーベル、ハンドガトリング。コンピュータはさらに新しい情報を入力し最適化する。接近武装の多い機体に対しては距離を稼ぐ。それがセオリー。

しかし、下がった瞬間にそのGMIIIは打ちぬかれた。

なぜならこの機体もビームランチャーを隠し持っていたからだ。爆発するGM。これで3機を瞬く間に倒してしまった。

そのパイロットは失望と虚しさを隠せなかった。「連邦の兵の質はここまで落ちたのか…。コンピュータの指示従っているうちは私は倒せない。死にたくなければ”黒い巨神”を渡してもらおう」

仮面の下で、彼はそう静かに言った。その頬には酷いやけどがあった。

宇宙歴0088.06.24PM10:21。釜山近郊。

戦闘開始から、約10分の間に、6機いたGMは2機にまで落ちた。一方、突如現れたMS−09に似た機体は1機でその場を支配していた。彼の仲間には最初に攻撃を行ったMSが2体ほどいるらしい。それらの機体は黒く、大きな流線型の肩と大きな腰装甲を持つ見なれない機体だった。また、戦線は膠着していた。なぜなら、戦力で勝る側が積極的攻撃を行わず、「黒い巨神」とやらの引渡しを要求しているためだ。

しばらくの、沈黙。

しかし、静寂とは騒乱と騒乱の間にある息継ぎに過ぎない。その言葉を証明するかのごとく、戦場にかけつけたものがいた。その男の名はアリス=ジェファーソンであった。

アリスの百式はその時点で既に悲惨な状態だった。無理な起動と無茶な発進、そしてここまでの無謀な移動。百式の燃料は既に底を尽き、戦える状態ではなかった。しかし、彼はこう叫んだ。「この中にライアという男がいるはずだ!一年戦争でビグロに乗っていた奴だ!俺はアリス、アリス=ジェファーソンだ!!」

仮面の男は少し悩んだ。そして、他には聞こえないように、ぼそりと呟いた。「所詮、血塗られた道か。それともあの男は私を止められるかな?」

宇宙歴0088.06.24PM10:23。釜山近郊。

陸戦用百式改の速度はGMIIIのそれを軽く二倍は上回る。

ブースターのプロペラントこそは切れているが、アリスは自らの身体が悲鳴を上げるのも構わずさらに脚部にカロリーを廻す。脈動する脚部シリンダーは限界を超えて伸縮し、そこから生み出される地を蹴る力のベクトルは暴れ馬のそれであり、火器管制にフル稼働するコンピュータはそれを抑制することでしか制御できない。しかし、アリスにとっては、荒れ狂う力をそのまま活かし、動きをなすことこそがMSに乗るということだった。熟達した演奏者が楽器をかき鳴らすが如くレバーを細やかに、しかし、大胆に制御する。そこから生まれる動きは通常の規格からは遥かに外れている。

アリスの乗る百式はアスファルトを抉りながら一気に戦線に到達する。それを押さえるように前に出たGMに素早く右手のライフルを打ち込む。MSの動きから計算される射軸から飛びのき、そのメガ粒子の洗礼をかわそうとしたGMIIIの右腕が爆発する。

ビームが直撃したのだ。

そのGMのパイロットであるハウンドの部下は何が起きたか分からなかったようだが、アリスが目指していた重MSに乗る仮面のパイロットは違っていた。「回避運動を見越した、『ずらした』攻撃か。相変わらずできるな」

男が予想した通り、アリスはその経験からMSの動きを読み、射撃できる。その読みはランダムな要素を持つはずなコンピュータサポートによる避けをほぼ無効にする。熟練のパイロットのほとんどには出来ることではあるが、コンピュータには未だ実現できていないことであり、また、アリスはその中でも際立って優れた予測技術を誇る。「邪魔をするな!無駄死にしたいか!!」

射撃で怯んだGMを押し退け、重MSに迫る百式。それはかつてアリスがはじめてMSで戦った相手に酷似していた。「あの時はおまえはドムだったな!そして俺はGMだった!お互い立派になったじゃないか!!」

外部スピーカーを割れんばかりにかき鳴らし、迫る百式を、重MSは無言で迎え撃つ。アリスは突撃する直前で、左手首からグレネードを射出し、先制攻撃を行う。重MSは難なくかわすが、周囲の建物が盛大に吹き飛び煙幕となる。重MSは持ち前のホバーで一気に煙幕を抜けようとするが、ホバーが吹き上げる風のせいで煙幕はその重MSにまとわりつく。牽制のために袖のガトリングを放つが、アリスは余裕を持って回避し、腰溜めのスタイルで3連ミサイルポッドをフルバーストする。煙幕のため回避が遅れた重MSにミサイルは命中するが、その重装甲はびくともしていない。「相変わらず、堅いな!」

さらに踏み込もうとしたアリスに後方からビームが飛ぶ。黒い流線型の機体たちが攻撃を行ったのだ。2撃のうち、片方は回避するが、もう一方は避けきれず百式の背中を焼く。若干の追加装甲はあるとはいえ、もともと耐久力に欠ける百式は瞬く間に中破に追いこまれる。しかしアリスは止まらない。「ちっ!相変わらずの部下連れか!」

後方の機体とは距離をとりつつライフルを乱射する。再び重MSは被弾するがやはりダメージはない。僅かなところで致命弾を避けているのだ。「くそっ!だんまりかよ!何とか言ったらどうなんだ!!」

絶叫する、アリス。

突然の返答があった。重MSが通信で答えたのだ。「相変わらずの突出癖だな。あの時、お前がザクに向かっていかなければ、『結果』は違っていたのではないかな。何も学んでないのか。一年戦争でも、火星圏での戦いでも!」

アリス絶句した。そして、確信した。この男はライア・ケルビンハウアー。

ア・バオア・クーでアリスのRX−79(GS)を撃墜し、隊長のエセルバートを戦死させた男だと。

宇宙歴0088.06.24PM10:25。釜山近郊。「おい、飛行機のパイロット!百式が見えたぞ、戦っているぞ!」「こちらでも確認した。アルフレート君、投下する。宜しく頼む」

アリスを追いかけてきたシンのストライクワイバーンとアルフレートのジャジャは戦場の上空に到着していた。眼下ではアリスが孤立無援の戦いを繰り広げている。戦っている相手は、連邦のGMIIIと、そして信じがたいことにネオ・ジオンのドライセンとキュベレイMk-IIだった。

考えるより早くストライクワイバーンより飛び降り、ライフルでアリスを援護しながら着地する。そして周囲に外部スピーカーで絶叫する。「なぜここに我が軍の新型がいるのだ?!私はネオ・ジオンのアルフレート=クロイツ少佐だ。この地区は我が隊の管轄のはずだ!!」

ビュオンという音と共にサーベルを発生させ、ドライセンに突きつける。ドライセンは刹那の迷いの後、返答した。「我々はザビ家直属の特殊部隊だ。故あって貴校が奪われたギガンテスの回収に来た。分かったならば速やかに剣を引かれよ」

アルフレートは、その声に聞き覚えがあるような気がした。懐かしい声であるような。しかし、彼は自分の任務をジオン軍人の誇りにかけて忘れるわけにはいかなかった。「そのような命令は私は聞いてはいない。そちらこそ下がってもらおうか?」

ドライセンのパイロットは軽く苦笑した。まるで、あの日のア・バオア・クー宙域に戻ったかのようだ。あの頃のヒヨッコが一端の口を利くようになっている。

再び戦場は停滞する。

その時、アリスの百式改の背後に突如閃光が煌いた。

爆音と共に崩れ落ちる百式。さらにその足元にゴドンッという音と共にMSの頭部ほどの大きさの円盤が転がった。

その円盤からはワイヤーが伸びており、そのワイヤーは岸壁のMSハッチから伸びていた。

続けざまにMSハッチからビームが打ち出され、MS用トラップを破壊しながら一体の白いMSが表れた。「ふん、重力圏ではやはりインコムユニットなど使い物にならないか。まぁ、良い。思いのほか面白いものも手に入ったしな。」

百式から脱出したアリスが見た、MSハッチから現れた白いそれは、紛れも無く、ガンダムだった。

そして、そのガンダムは片手にカプセルのようなものを抱えていた。「ガンダムがこんなところに…」

アリスは思わず呟いた。その顔は先ほどまでの何かに追い詰められたような切迫感は無く、ただ憧憬の念があった。

それはアリスが久しく忘れていた顔だった。


第2章その3 : 甦る撃墜王 Reborn Ace

宇宙歴0088.06.24PM10:26。釜山近郊

アルフレートのジャジャの目前で百式改が爆音と共に崩れ落ちた。彼には何が起きたのか、一瞬理解できなかったが、それは超至近距離からのビームガンの直撃によるものだった。それを認知できなかったアリスの百式改は為す術なく撃破されたのだ。

アルフレートにはその経緯は分らなかったが、アリスが撃破されたことだけは分った。そして、アリスを撃破したのが、岸壁のMSハッチから現れた白いMSであるということも分った。そして、一瞬の間思考が停止した。

何故ならそれが、白いMS、ガンダムだったからだ。

冷静になれと自分に言い聞かせるアルフレート。

アナハイムから受領したMSの中にガンダムタイプがあるのを彼はよく知っていたはずだ。

それがガンダムMk-IVであり、低重力下での戦闘を念頭に作られたものであることも良く知っている。

しかし、それが動き、アルフレートに敵意を向けている事実に、彼は震撼していた。

アルフレートはその白いMSを見たことがある。

それは悪夢のようなア・バオア・クー脱出戦の時であった。

当時ジオン公国の一学徒兵に過ぎなかった彼は、ゲルググBに乗りア・バオア・クー防衛戦に参加していた。

しかし、歴史書にある通り、総大将ギレン・ザビを失ったジオン公国は独立戦争に敗れ、兵士たちは再起を賭けてア・バオア・クーから脱出していた。そして彼、アルフレート=クロイツも数人の同僚と共に戦線離脱を試みた。

もっとも、既に尽きかけた推進剤に言うことを聞かない程に被弾した機体の彼らでは脱出は絶望的だった。そんななかで彼らを助けたのが、ライア・ケルビンハウアー少佐率いる小隊だった。

当時ケルビンハウアー小隊も満身創痍の状態にあった。しかし、ビグロとザクFZからなるその小隊は、ビグロの推進力を生かし、連邦の残党狩りに一撃離脱を繰り返すことで彼らの気を引き、残存ジオン兵力の脱出を援護していた。

そして、彼らが最後に戦ったのが連邦軍のエセルバート小隊だった。ライアは丁度エセルバート小隊とケルビンハウアー小隊の戦闘の隙を縫って脱出した。エセルバート小隊に突入していくビグロをアルフレートはよく覚えている。伝え聞いた話では結局、ケルビンハウアー小隊とエセルバート小隊は相打ちになり、アルフレートはそのおかげでアクシズに逃げ延びることが出来たのだ。そして、そのエセルバート小隊にいたのがガンダムだった。

アルフレートはガンダムがどのような働きをしたのかは見ていない。しかし、自分たちを逃がしてくれたライア少佐を屠ったのがガンダムである、との印象は拭い去れないものとなっていた。

不意に、ガンダムが上空に向ってビームキャノンを発射した。

その音で、アルフレートは辛くも意識を取り戻した。しかし、意識を取り戻したとはいえ、アルフレートは普段から直情型である。したがって、この時アルフレートがとる行動は一つしかなかった。

すなわち、ガンダムへ突進である。彼はビームサーベルを発振させ、絶叫を上げながら切りかかっていった。

同刻。釜山近郊

ハウンドは目まぐるしく変わる機体バランスを横目で眺めつつ、戦況を見渡す。

彼が基地内で見つけた、このガンダムMk-IVは、どうも月面を想定して設定されたMSであるらしく、地球の重力環境にはまったく合わせられていない。各所の兵器も真空から極めて大気を想定されており、照準もめちゃくちゃである。安定した性能を重視する彼には非常に不満なMSであった。そもそも、ハウンドにとってガンダムタイプなど御輿であるべきで、自分が乗るようなMSではないのだ。

しかし、彼はこれを使うしかなかった。

なぜなら、今ガンダムが小脇に抱えているカプセルをなんとしても確保する必要があったからだ。

基地内で発見したカプセルの名はアスタロス・コクーンという。

アスタロスとは一年戦争末期にジオン公国が開発した細菌兵器である。そして、アスタロス・コクーンはそのアスタロスを生産する為の独立稼動型のプラントである。実のところこの時代、宇宙世紀0079年に勃発した一年戦争以降は、MS開発に新規開発技術の大多数がつぎ込まれた結果、それ以外はあまり発達していない。それどころか、0079年の戦争による混乱から若干の低下を招いてすらいた。このアスタロス・コクーンもそういった技術の一つであり、0088年にアスタロスを生産する為の機能と抑制するための機能と保存する為の機能の複合を実現するには再度の研究データが必要になってしまっていた。

もしも、この技術を地球連邦が手にするならば、いつでも自由にコロニーに対し細菌爆弾を発射することが可能な無人の宇宙砲台を作成することも可能である。それは地球連邦にとって、コロニーの暴徒に対する大きな抑止力なることは間違いない。

だからこそハウンドは彼の主義に反するMSに乗ってまでこのカプセルを確保したのだ。

したがって、彼のこの場での判断は簡単だ。

何にも優先し、カプセルを戦場から離脱させること。

ただ、それに尽きるのである。

重力に引かれ地面に落ちたインコムユニットは、目の前の百式を倒せただけで良しとし、あえて無視する。そして、自分をガードするように展開するGMIIIの一機にカプセルを渡し、離脱を指示する。そして、自分は前に出る。

このMSで地上戦を行なうことの不利は承知だった。しかし、彼は迷わなかった。何故なら彼は『ハウンド』だからだ。

宇宙歴0088.06.24PM10:27。釜山近郊

アルフレートにとってガンダムがGMにカプセルを渡した瞬間は絶好のタイミングだった。しかもあのガンダムは陸戦用ではないことをアルフレートは知っている。

突進の勢いをそのままに、GMの前に出たガンダムに向かいビームサーベルを一閃する。

しかし、ガンダムはよろけながらもその一撃をサーベルで切り払う。さらに頭部のバルカンを発射し距離を取ろうとする。

しかし、ジャジャの装甲をバルカンが叩くことなど気にはせず、足元のインコムユニットのワイヤーを踏み、ガンダムの動きを止める。

相手の思いもよらぬ行動にハウンドのガンダムはさらにバランスを崩す。そこへビームサーベルを叩き込むアルフレートのジャジャ。耳障りな破壊音が響き、ジャジャのサーベルのメガ粒子がガンダムMk-IVの胴体を掠める。熱せられた重粒子が胴体を深く抉る。そして、それがハウンドにとっては不幸なことにコクピットの真上だった。「くっ、おのれ…」

重粒子の飛沫とショートした機器で火傷を負ったハウンドは思わず口を開く。ガンダムMk-IVのコクピットブロック周辺の装甲は無残に引き裂かれ、その衝撃でコクピットハッチは半開きになっている。「…これ以上の戦闘は無理か」

ハウンドの判断は早い。MSを自動操縦モードにすると、躊躇なくガンダムを乗り捨てることを決断する。

自動操縦で敵の目の前に歩かせ、わずかでも時間を稼ぐ。そして自分は歩兵としてゲリラ戦を行なう。それがハウンドの考えだった。ハウンドはコクピットからロープを射出し、MSハッチに器用に括りつけ、そこを支点に振り子のようにMSが飛び降りた。

アルフレートからもパイロットが脱出する様子は見えたが、彼はパイロットを射殺する気にはなれず、ガンダムを迂回してGMに追いすがろうとする。しかし、背後からのビームキャノンの一撃がその考えを打ち砕いた。脱出したパイロットを狙撃するその一撃は、ガンダムMk-IVの腰アーマーを吹き飛ばした。ハウンドは持ち前の身のこなしで辛くも難を逃れたが、爆風に煽られ、吹き飛ばされる。

轟音を立て、倒れる白いMS。思わずアルフレートは叫び、ジャジャを振り向かせた。「何故撃った!重傷を負っていた、直ぐに戦場には復帰できない人間を、わざわざ殺すことはないはずだ!」

そこには、ビームを発射した余熱も冷めずに煙をあげる黒々としたビームキャノンを構えたキュベレイMk-IIがいた。彼女は何も答えなかった。それどころか、銃口をジャジャに向ける。「やろうというわけか。いいだろう、MS戦闘というものを教育してやる!」

宇宙歴0088.06.24PM10:31。釜山近郊

仮面の男には刹那の躊躇があった。口元が歪む。何らかの葛藤が垣間見える。

彼は自分が既に死んだ男だと思っている。ア・バオア・クー脱出戦のおり、エセルバート小隊のコアブースターの特攻でビグロを撃破された時に自分は死んだのだと。

だから、彼はアクシズの正規の軍には属していない。

あの時、宇宙空間を彷徨っていた彼を救った旧ジオンのNT研究所の食客と言うのが彼の今の身分だ。食客と言えば聞こえは言いが、ようは私兵である。彼が自分のことを卑下していたとしても仕方がないことかもしれない。

その男は自らの現在の主を嫌悪すらしている。未だにMSに乗るのはおそらく死に場所を求めているからだろう。他に望みも使命も無かった。しかし、いまアルフレートとあのキュベレイmk-IIを戦わせることは許されないことだと、彼は思った。「お前を、あのMSと戦わせるわけにはいかんな」

静かに呟くパイロットにあわせ、ホバーを噴出し突進するドライセン。アルフレートのジャジャのサーベルを切り払う。「くっ、邪魔をするなぁ!!」

絶叫するアルフレート。切り払われたサーベルから手を放し、頭部のバルカンで相手を牽制し、次のサーベルを腕に構える。その隙をつき、キュベレイとジャジャの間にドライセンが滑り込む。「お前達は戦ってはならん」

静かに言い放ち、ビームナギナタを一閃する。それを受けとめるアルフレート。その時アルフレートには今度こそ、そのパイロットが誰なのかが分かった。「貴様…いや、あなたは…ライア少佐なのですね…しかし、何故?」

動きが止まるジャジャ。

そして、ドライセンの後ろでは先ほどのキュベレイが冷静にビームキャノンの照準を合わせていた。閃光が、煌く。

一瞬の時間の停滞の後、ジャジャは光に貫かれ、爆発した。

同刻。釜山近郊「んふっふっふっふ」

爆発に煽られたハウンドは、意識を取り戻した。

どうやら自分は若干の間意識を失っていたことに気づく。

さらに、目の前に誰かがいることにも気づく。

しかし、再び意識を失った。

何故なら、鳩尾に強烈な蹴りを食らったからだ。

一体誰だ…そう警戒しながらも、彼の意識は再び暗転した。

ハウンドに蹴りを加えた男は彼の手からワイヤーを奪い取った。ワイヤーの先はまだコクピットに固定されていることを確かめる。そして、満足そうに呟き、未だ自動操縦のままゆっくりと進むガンダムを見上げた。「やっぱり、ガンダムってのはこうやって奪い取って乗りこむもんだよな」

不敵にそう言い、ワイヤーにMS搭乗用の滑車を取り付けガンダムMk-IVのコクピットに向かい、手馴れた手つきで乗りこむ。

コクピットはリニアシートで、乗りなれたアナハイム式の操縦系統であることを確認する。

コクピットハッチは無く、機体の各所のランプも綺麗に赤い。

しかし、己がガンダムに乗りこんだことの高揚感に比べれば、それらは大したことではない。そして、この高揚感は戦後に、試作ガンダムに乗りこんだ時には感じなかった感覚だと、彼は思う。

彼は理由を考えた。

しかし、直ぐにその思考は止んだ。

彼は一度目を閉じる。「考えるまでも無いな。無断で乗ったガンダムに、敵はアイツだ…」

そして、ある種の喜びが湧き上がるのを感じる。

やりなおす。

かつて犯した、取り返しのつかない失敗を取り返すために。

俺は再びガンダムのコクピット(ここ)に来た。

かつて、0083年にマリアに対して感じた懺悔の念ではなく、己が再び己に戻るための決意。

ア・バオア・クーの戦いで止まった己の時間を再び回らせるために。

迷いは無い。エセルバート隊長への償いでも、シャアへの義理でもなく、己自身のために。

アリス=ジェファーソンは目を開けた。「いくぞ、ガンダム!」

我知らず、笑みがこぼれる。

アリスがこんなにもMSに乗るのを楽しいと感じたのは、あのエセルバート特務小隊での日々以来だった。


第2章その4 : 巡り合う宿敵

宇宙歴0088.06.24PM10:34。釜山近郊

仮面の男の駆るドライセンの前で、アルフレートの駆るジャジャが仰け反り、その半身が爆発する。

辛うじて原形をとどめていはするが、戦える状況にはない。

それにもかかわらず、そのキュベレイmk-IIはジャジャに第二射を叩き込む。「止せ!!」

仮面の男のドライセンはアルフレートのジャジャを庇おうとするが間に合わない。しかも、その声には諦めすら入っていた。彼は知っているのだ。

自分の速度では、キュベレイのパイロットのそれに決してかなわないと言うことを。

キュベレイのパイロットが狙いを外さないことを。

しかし、男の予想に反してジャジャにビームは命中しなかった。

なぜなら、突然地滑りのような音を立て、ジャジャが転倒したからだ。

ジャジャは何者かに足元を掬われたのだ。「インコム?」

仮面の男が呟いた。

MSの転倒のために巻き起こった砂煙の中から引き出されたそれは、先ほどジャジャがガンダムmk-IVを引き倒すのに使用したインコムだった。今度は、それがジャジャを引き倒したのだ。

インコムはその基部のインコムランチャーのリールの回転力で本体へと引き戻されていく。

インコムが引き戻される先にいるのは、戦場の誰もが既に動かないと思っていたガンダムであった。

大破寸前のその機体から、威勢の良い声が響く。「おいおい、アルフレート!戦闘中にぼっとするなんざ、お前らしくないぜ?」

ガンダムのパイロット、アリスは楽しそうにそう言った。ハッチの壊れたコクピットで、妙に風が心地よかった。

宇宙歴0088.06.24PM10:36。釜山近郊

仮面の男は8年前を思い出していた。連邦の試作MSの輸送阻止の任務についたとき、彼はドップのパイロットをやっていた。その後、連戦していくうちにやがて新型MSであるMS−09ドムを与えられた。そして、その機体で初めてやりあったのが、目の前の男の乗るMSだった。「エセルバート小隊の…ガンダムエース…」

仮面の男は思わず、声を洩らす。

彼の頭から、アルフレートのことも、そして「強化人間の少女兵」のことも抜け落ちる。

ふっと薄く笑ったライアは視界を妨害する仮面を剥ぎ取る。火傷の薬を塗布してある仮面を失った彼の顔の表皮はその主人に痛みを訴える。しかし、ライア・ケルビンハウアー元少佐はそれに構わない。エセルバート小隊のガンダムエースと戦うためには僅かな死角も命取りになる…、そう考える思考回路は忘れていた刃物のような気迫を長期メモリーから引っ張り出してくる。すっかり錆付いているかと思われていたそれは、主の意に反して殺人兵器だけが持つことを許されたある種の怜悧な美しさを放っている。

我知らず、笑みがこぼれる。

あのMSをここで潰しておくことの有効性は高い。

しかし、あれほどの手負いであるにも関わらず圧倒的なプレッシャーを感じる。

下手をすれば「P・P」を失う危険性すらある。

冷静な判断を下す。「あのパイロットが来た以上、ここを制圧するのは無理だな。アレの回収も必要だ。

P・P共、引くぞ」

ドライセンはブースターを一気に吹かし、後方に飛んだ。

宇宙歴0088.06.24PM10:37。釜山近郊「ちっ、相変わらず逃げ足は速いな!」

後ろに飛んだドライセンにアリスが激昂する。

幾つかの計器に目を走らせるが、それらすべてが立つのが精一杯であることを示している。

見れば、僅かに出来たこの間隙に連邦のGMIIIの生き残り達も戦場から離脱しようとしている。味方は、転倒したジャジャと上空のシンのみ。

シンは不思議と先ほどから攻撃に参加していない。「…副長?どうして攻撃しないんだ?何時もの逃げ癖か?」

不信に思い、シンに通信を送るアリス。

しかし、シンの答えは意外だった。「アリス…、本当にあの丸っこいMSを攻撃していいか?

…よくないと、思う」

妙に歯切れが悪い。「なんだかそれは良くわからない。

でも、あれはマリーのワルキューレのように感じる」

アリスはその答えを聞き、相手がニュータイプであるのかと予想した。しかし、それを言うより先にシンはそれを察し、答えを返す。「ニュータイプでは、ないと思う。

もっと別な…うっ!!」

シンのストライクワイバーンが機体のバランスを崩す。それと同時に、先ほどまでドライセンに従い引き上げ様としていたキュベレイがシンに向かいキャノンを乱射してくる。紙一重の所でシンはかわすが、キュベレイは憑かれたようにビームを乱射する。「オマエ、ザラザラする!!」

シンには確かに少女の叫びを聞いた。

それに気を取られた瞬間、遂に被弾するストライクワイバーン。それでも乱射するのを止めないキュベレに、さらに追加攻撃を受ける。「副長!!」

アリスは叫ぶが、ガンダムMk-IVは思うように動かない。「クソったれがー!!」

叫ぶと共にブースターの限界を無視して噴射する。しかし、コンピュータがはじき出した推力と重量の比較ではガンダムを予定の位置まで運べない。しかし、アリスは操作を止めない。「重いっってんだよぉ!、何のためのムーバルフレームだ!!」

ムーバルフレームは装甲と機体中枢を完全に分離している。アリスはその構造を良く知っている。それゆえに、「こういった真似」ができるのだ。

そう、アリスはガンダムの外装を全て排除したのだ。重量が軽くなり、ブースターの推力がガンダムを大地から強引に引き剥がす。「いっけー!!」

残ったプロペラントをすべて使った突進。アリスは突進の勢いをそのままに、剥き身のMSとなったガンダムをキュベレイに叩きつける。元来、重量級のMSであるガンダムmk-IVは容易くキュベレイを吹き飛ばすが、無理な機動を行った上に、装甲を失ったせいでバランスを崩しているガンダムはそのまま大地に倒れ付す。それに対してキュベレイは素早くアポジモータを噴射し、バランスを立てなおしガンダムを狙う。今のガンダムには装甲がない。一撃でも受ければそれが致命傷ともなりかねない。コクピットハッチすらない状況ではアリスの命すら危うい。

しかし、キュベレイはビームキャノンを発射する前に背後から「蹴り」を受け、再び転倒した。「アリス、無事か、アリス」

場にそぐわない妙に、のんびりとしたシンからの通信が入る。いまキュベレイを「蹴った」のはワイバーンのテールスタビライザーだった。シンは、急旋回時用の簡易ムーベルフレームで稼動するテールスタビライザーを器用に振り回し、キュベレイを打ち倒したのだ。もっとも、当然無理な動きのせいでワイバーンも大きくよろけ、アフターバーナーで強引な上昇を行う。「副長、なんで撃破しないんだよ!」「アリス、やはり、どうもアレを攻撃するのは良くない、感じがする」「そーゆーことを言っている場合かぁっ!!」

アリスが絶叫する間に、立ち直ったキュベレイが再びワイバーンを狙う。「ちくしょぅ!!!」

アリスは先ほど手繰り寄せたインコムを腕部ユニットで強引にキュベレイへと投擲する。インコムは狙い過たずキュベレイのビームキャノンに命中し、その射撃をそらす。「やったぜ!…って、オイ、ちょっとまて」

そして、当然のことながらキュベレイの目標は地面に這いつくばったまま自分の邪魔をしてくれたガンダムへと変更された。「ま、待ちたまえ。お互いに話せば分かり合えると、だな」

わけのわからないことを口走りながら、残った僅かなプロペラントで強引に移動しようとする。しかし、そう言った動きで万全のキュベレイから逃げ切れるわけはなく、瞬く間に右腕と左足を打ちぬかれる。そのガンダムを庇う様に地表寸前を低空飛行してくるワイバーン。「アリス、下がるか組み付くかしろ、危ないぞ」「できるんだったら、とっくにやってるわ馬鹿野郎!!」

間抜けなやりとりを無視し、キュベレイは一瞬ワイバーンに怯むが、すぐにキャノンの狙いをガンダムに戻す。しかし、その隙にアリスは一つの策を思いつく。「副長!!こっちに!」「おぅ」

答えるなりシンはワイバーンを20世紀の技術者が見たとしたならば卒倒するような、空力を無視した動きで地表をすべるようにガンダムへと向かわせる。アリスはその機体にインコムを投げつける。「受け取れ!!」

航空機に向かって無茶を言うアリス。「うむ」

無茶を言われたシンはそれを無理で返す。機体の上下を反転させ、前方から投擲されたインコムを空母へのランディング時に使用するフックに引っ掛ける。一瞬の撓みの後にガンダムmk-IVが地面を滑走し始める。いや、滑走などという立派なものではない。単に引きずられているに過ぎない。しかし、怯まない。「副長、このままいくぜ?!」「心得た」

以心伝心。

シンはアリスが考えた無謀な策を躊躇なく実行する。ワイバーンがガンダムを引きずらる先にいるのは、…キュベレイ。「MSの構造上、核融合炉は……この辺だろうなぁ!」

ワイバーンはキュベレイをまわるように旋回する。それに引きづられたガンダムは当然キュベレイに衝突する。そして、ガンダムは唯一の残っていた武器、ビームサーベルを構えていた。

宇宙歴0088.06.24PM11:03。釜山近海上の豪華客船「P・Pを一体、失ったか」「申し訳ありません。全ては指揮官である私の責任です」

その客船は既に煙を上げ、ジオンに占拠された状況にあった。その船上いるのは先ほどのドライセンであり、先の会話はそのなかでライアが行った通信だった。「かまわんよ。どうせアレはもう長く持たないタイプだ。それよりも私にはお前が包帯を外していることの方が気になるな。お前が本気になるほどの相手がいたのか。」「はっ、いかに連邦が惰弱の徒であろうとも一部に優れた戦士がいることは否定できません故に」「まぁかまわんさ。アスタロス・コクーンの奪取に失敗したのは痛いが、お前のもともとの任務はギガンテスの回収だ。それを成し遂げれば文句はない」「恐れ入ります」

通信機の向こうにいたのは金髪の少年だった。ライア=ケルビンハウアーは現在、彼に忠誠を誓っているのだ。少しの間、ライアはため息をついて、通信を終えた。後ろに付き従うキュベレイのパイロットは相変わらず終始無言だった。

ライアはそれを見て再びため息をついた。自分は確実に腐ってきている。しかし、ここで歩みを止める訳には行かない。

彼はそこにはいない、誰かに向かって一人、呟いた。「ギガンテスはオリンポスを終われた巨人。

すなわち、お前たちが地球圏から追放したあの機体だという事を忘れるなよ」

答えは、ない。


第3章その1 : 憂鬱な女遊撃兵 gloomy lady commando

宇宙歴0088.06.24 PM11:59。太平洋のとある小島。「…この私をこんなに待たせるなんて、良い度胸ね…」

妙齢の女性が髪をかきあげながら呟いた。その額には汗と共に青筋が浮いているのがよく分かる。もし、彼女を知る者がこの姿を見たとしたら、その者は全速力を持って逃げ出すであろうことは予想に難くない。

つまり、彼女、ルミナ=ラミナはそう言った種類の女性なのだ。

宇宙歴0088.06.25 AM00:03。釜山近郊

アリス=ジェファーソンは腕組みをしながら考え事をしていた。

彼の目の前には基地があり、背後には海がある。OK、確認した。

彼の目の前には中破したガンダムMk-IVが大破したキュベレイに寄りかかるように擱座しており、背後には中破したストライクワイバーンが駐機している。ちなみに右手にはジャジャが大破している。OK、それも確認した。

ふと目を逸らし、現実から目を背けると駐機した愛機のペイロードから取り出した自転車にまたがり、颯爽と町へと向う、シン=チャン=リンコの雄姿が思い出された。シンは、どうにかセイジ=ヤシマらと連絡を取るため、先ず町で物資を調達しようと言うわけだ。OK、それは本当にどうでもいい。「しかし、一体、これはなんなんだよ?」

アリスの足元に横たわる、年のころは10歳前後の少女に向かい、彼は呟いた。「なんで、MSの中にこんな女の子がいるんだよ…」

透き通るような白い肌とやや短く刈った流れるような金髪と整った小さな顔は、人形が着るような可愛らしい服が似合いそうだが、彼女の身を包むのはノーマルスーツ、すなわちMSパイロットが着る服だ。

それだけでも、十分に不自然ではあるのだが、少女はそれに加え、あまりにも静か過ぎた。

呼吸をしていないのだ。

座り込み、ぎこちない手つきでその少女を介抱していた、ネオジオンのパイロットスーツに身を包んだアルフレート=クロイツは、それでも応急処置をやめようとはしない。

彼の手も震えていた。

宇宙歴0088.06.24 PM10:40。釜山近郊

時間は少し戻る。

炸裂音とともにキュベレイに突き刺さったガンダムMk-IVのビームサーベルは、キュベレイの動力を確実に貫き、その機能を停止させた。バランスを崩し、大きくよろめくキュベレイ。しかし、ガンダムMk-IVも相当な損害を受けており、もはやまともに戦える状況にはなかった。手足をもがれ、装甲を失ったその機体は、貫いた勢いをそのままに、キュベレイに向って倒れ込んだ。そして、地を揺るがすような轟音とともに砂煙をあげ、その二体のMSは機能を停止した。

しかし、その男はまだ戦いを続けていた。倒れ付した二体の巨人が上げた砂煙が収まるよりも早く、アリス=ジェファーソンはコクピットを飛び出していたのだ。先ほどハウンドがやって見せたように、器用にコクピットハッチからワイヤーが打ち出し、そのワイヤーに沿って体を躍らせる。ワイヤーが延びる先は、当然近くの建物などではなく、相手のMSであった。「あーらよっと!!」

叫びながらワイヤーを伝い、キュベレイの胸に空いた、先ほどガンダムが空けた穴の付近に飛び降りる。素早く周りを見渡し、コクピットハッチを探す。アリス=ジェファーソンはさほど時間もかからず、目ざとくコクピットハッチとハッチ解除用の緊急開閉レバーを見つける。多くのMSは動力が停止した場合、コクピットのハッチのロックは、中にパイロットを閉じ込めてしまわないように、解除される。どうやらキュベレイも同様の形式であったらしく、レバーを何回転か左回しにするとあっけなくキュベレイのコクピットは開いた。

中からの銃撃に備え身を低くしたアリス=ジェファーソンであったが、反撃はない。どうやらキュベレイのパイロットは気絶しているようだ。そっとコクピットの中を覗き込んだアリスが見たものは。

力なくコクピットシートに横たわる、幼い女の子の姿だった。

宇宙歴0088.06.25 AM01:07。釜山近郊

アルフレート=クロイツはネオ・ジオンの特殊戦闘部隊、しかも実験部隊の少佐である。

したがって、彼は様々な軍の機密事項を聞いたことがあった。

例えば、フラナガン研究所では人工的にニュータイプ能力を高める技術を開発している、などといった話しがその筆頭である。

そもそも、ジオン公国では十年以上も前からクローン人間の開発に取り組んでいる。この技術の当初の目的は、優良種たるジオン国民を効率的に世に広めるための一政策であったわけだが、それに対し今は亡きキシリア公女が注目し、現首長たるハマーン=カーンが主張するニュータイプ能力を、それらクローンに付加し、強化する技術の開発が進められていることは実験部隊にとっては公然の秘密であった。

しかし、優良種たるジオンのクローンたちを実験に用いることは出来ず、その研究は頓挫していたはずだ。

それが、今、なぜ!!

宇宙歴0088.06.25 AM05:47。釜山、朝市「ふぇ、あにふぁいいたふぃ?ふぃみふぁ」

シン=チャン=リンコは口一杯にキムチをほうばった状態で答えていた。

早朝の町市場で彼は食料に医薬に通信装置などを大量に買いこみ、カラバのネットワークにアクセスし、その上で余裕を持って朝食を済ませ、食後のデザートとしてキムチをほうばったまま、今まさに市場を出ようとしていた彼は、誰かに呼びとめられたため、気さくに答えた、のであったが、やはり、食べ物を口に入れたまで話すのは良くなかったようだ。「シース隊長、彼はなんと言っているのでしょうか?」

自転車にまたがったままのシンを呼びとめていた神経質そうな青年は後ろを振り返りそう言った。シンの第一声を聞いた時点で、その青年はシンが自分にとって苦手な相手であるということは既に見極めをつける事が出来たため、さっさとシンの相手をするのを諦めたらしい。ちなみに、その青年、ノイーマ=イプセンは、その諦めのいい自分がとても好きだ、と思うことにしている。好きだと思いたい。好きだと思わないとやってられない、という話しもある。

隊長と呼ばれた、前髪が後退し始めた冴えない中年男は面倒臭そうにさらに後ろを振り向いて、ノイーマからの会話のレシーブをそのままトスした。すなわち、この男も容貌そのままに面倒そうなことはしない主義であるようだ。

そして、それを受けた前の二人とは一転して爽やかな容貌を持つ青年は会話のボールをスパイクした。「ずばり、貴方は『え、何が言いたいか?君は』と言っている!!」「ふぇいかい」「ずばり、貴方は『正解』と言っている!!」「ふぇ、あにふぁいいたふぃ?ふぃみふぉ」「ずばり、貴方は『え、何が言いたいか?君も』と言っている!!」「ふぇいかい」「ずばり、貴方は…」

言いかけたところで、鈍い音がして青年は仰け反り、そのさらに後ろにいた厳つい男がのそりと顔を出した。「レナ、お前も黙っておけ。隊長、私が話しを進めて宜しいですね」「うむ、ティモシー、君に任す」「イエッサー、隊長。

さて、お前は、地球連邦軍旧エセルバート特務小隊副隊長であり、アクシズの火星近海戦でのGトライアルパイロットであり、そしてカラバ極東地区航空部隊の初代エース、そして現在は教導団の師範代セイジ=ヤシマ少佐の傭兵、シン=チャン=リンコ殿に相違ないな」「いふぁにも」「ずばり、貴方は『いかにも』と言っている!!」

と、先ほどの爽やかな青年。「レナム=ローンガル、それはもういい」

と、シース隊長。それを無視し、話しを進めるいかつい男はティモシー=フランダース。「オレ達はお前がハウンドに奪取されたアスタロス=コクーンの行き先を知っている。」

そう言って、ティモシーは精一杯格好をつけてニヒルに決めている。「…ふぁふぉ、いひゃらふぁんふぃのふぃらはふふぇるのふぉとは…」「ずばり、貴方は『…あの、嫌な感じのするカプセルのことか』と言っている!!」

ニヒルは決まらない。どうやら場所と相手が悪過ぎる。

ともあれ、こうして、中年男、シース=グリム隊長が率いるグリム小隊の面々は旧エセルバート小隊副隊長、シン=チャン=リンコと交渉を開始した。事実上、これが後にアナザーセンチネルと呼ばれる戦いが本当の意味で始まった瞬間であると言っても過言ではなかった。

宇宙歴0088.06.25 PM06:04。月面。「と、まぁ、そんなところです。」

そういってテレビ電話に映ったアルカード=シアニスは報告を終えた。報告を聞いていたのは美女と言うよりは可愛らしいと形容されるような女性であった。彼女の名はマリア=エセルバート。地球連邦軍旧エセルバート特務小隊の隊長の娘だ。そして、彼女の声は震えていた。「それは、本当なの…シアニス…」「はい。確かなデータです。アクシズ自体にアクセスできたわけではありませんが、地球降下部隊の母船の主演算回路を直接に覗いたので間違いないですね。あの漏斗飛ばしMS…キュベレイといいますが…も、副長の送ってくださったデータを元に検算して確かめてあります。間違いありません。」

マリアの問いにアルカード=シアニスは淡々と、しかし矢継ぎ早に答えていき、そこで一息つき、そして続けた。「間違いありません、キュベレイはXGP−03ワルキューレの強化発展型です。そして、核攻撃用MSギガンテスは同シリーズの2番機の技術体系より生み出されたものです。これらの事実を総合すれば、ハマーン=カーンはシャア=アズナブルと我々との約束を反故にしたと考えて間違いないでしょうね。」

相変わらず淡々とシアニスは続けた。モニターに移るその男の涼しげな細目は相変わらず自身の感情を読ませない。もっとも、動揺した今のマリアでは只人の感情すら読めないかもしれないが。「私には…私には、信じられないわ…あのハマーンが私たちを、いいえ、シャアを裏切るなんて…」

マリア=エセルバートはそう言うのが精一杯だった。もっとも、シアニスの方は相変わらず一切動じた様子はない。「しかし、事実です。これで定時連絡は終わりにします。暗号化した指向性通信でも傍受、解読の危険は否定できませんので。では」

ぶつん。

無情にも通信はそこで途絶えた。

月面のオフィスでマリアはうめいた。「なんてことなの…今回の戦いの元凶となったのが私たちだなんて…。ハマーン、あなたは本当に…」

頭を振り、机に坐った彼女は引出しから一枚の写真と取り出した。その写真の中では二人の少女が気恥ずかしげに、それでも精一杯の威厳を持って映っていた。一人は5年前のマリアであり、もう一人は桜色の髪をした少女…ハマーン=カーンの5年前の姿だった。

偉大な父親を持ったから、皆に期待された。そんな、同じ境遇の中で二人の少女は確かに分かり合った。そして、共に皆の思いに応えていこうと約束をした。

それは、5年も前の話だった。


第3章その2 : 苦悩する青年将校 anguished young officer

宇宙歴0088.06.25 PM07:47。黄河河口。

・潜水艦は、既に大和灘から黄河河口へと進んでいた。目的は、中国北部の連邦の秘密兵器工房に向うためだ。

・台湾のアルカード=シアニスから報告を受けるセイジ=ヤシマ少佐。報告の中にはアリスらの目の前で奪われた装置がアスタロトであると言うことを含んでいた。

・シアニスはシンから報告を受けたという。

・シアニスの情報に、それ以外の情報ソースを感じるセイジ。

・笑って、答えないシアニス。

・ヒジリ=ヤタガミはシアニスがクラッカーであることをセイジに助言し、そういった手段を使ったのだろうと教える。

・しかし、事実は違った。報告を受けた後、ノイーマ=イプセンに暗号化した秘匿通信を送るシアニス。彼は既にグリム隊と繋がりを持っていたのだった。

・「Mk−IVは約束通りアリスに渡してくれたようですね。それでは兼ねてからの約束通り、実戦の舞台を用意してください。」

・薄く、そして怜悧に笑うシアニス。「Mk−II派生フレームによるアリスの実戦データさえ手に入ればシステムの完成もより近くなると言うもの…本当に、楽しみだ」

同刻。釜山近郊。

・アリス=ジェファーソンらの元に帰ってくるシン=チャン=リンコ。

・シンはグリム隊のティモシー=フランダースとレナム=ローンガルを連れている。

・アルフレートは、少し前にティモシーらに手痛い裏切りを受けたはずだが、不思議とあまり怒りは湧いてこなかった。おそらくは、他のことが気になりすぎるためだろう。

・ティモシーはアスタロト=コクーンのことをアリスに教える。

・そして、難民コロニーにアスタロトが使われる計画があることを明かし、その妨害を依頼する。

・アリスはその語り口に、ある人物を思い出す。彼が影武者もやったことがある、ある男だ。その連装から依頼には裏がありそうだと、思うアリス。事実、裏にはシアニスと彼が所属する組織があるのだが、この時点ではアリスには想像もつかない。

・アルフレートは逃げたドライセンのことを気にする。レナムは彼に、ドライセンがギガンテスを奪った後、中国大陸に向かったことを教える。

・飛び出そうとするアルフレートを後ろからスパナで殴るアリス。

・アリスは依頼の件は保留し、今後の指示を仰ぎ、また、少女の遺体を回収してもらうためにも、セイジと合流することにする。

・「こんなこともあろうかと」と言いながら、基地に隠されたミディアを引っ張り出すティモシー。

宇宙歴0099.06.25 PM09:14。黄河河口。

・ミディアのアリスから、事情を聞くセイジ。

・セイジはアリスの独断専行を非難するが、アリスは意にも介さない。慌ててフォローするヤタガミ。

・会話に割り込むティモシー。コクーン奪回の依頼の件を告げる。

・セイジはことの重要性からその件を受けることを迷わない。自らもそちらに赴こうとする。

・しかし、アルフレートが大陸にギガンテスがもたらされたことを伝えると、顔色が変わる。大陸のどこの基地が狙われるか分らない。もしフタバやリョウのいる基地が狙われたならば…

・セイジは自分は大陸のギガンテスを追うことにし、アリスにコクーンを任せることを伝える。

・「何か忘れてないか、アリス。そうあれだ」シンが強化人間の少女について言及する。

・「…あ」本気で忘れていたらしい。

・さらに顔色が変わるセイジ。少女の回収の手配をするため、一旦通信を切る。頷き、部屋を出るヤタガミ。

・通信を傍受していたシアニス。用意していたファイルを3ヶ所に送る。彼は珍しく楽しそうに哄笑した。「お師様、例のシステムのサンプリングは思いのほか早く取れそうですよ。さぁ、まずは前哨戦の地へ向うとしましょう。」

宇宙歴0088.06.25 PM09:30。香港。

・連邦軍制服を着込み仕事をするリョウの背中に不似合いな少女がぶら下がっている。「よさないか、ミカ」

・彼女こそ、フタバ=ムラサメの妹にして、ラルターク技術少佐がコンプレション、すなわち完成品と呼んだ強化人間ミカ=ムラサメである。

・彼女もフタバ同様、セイジらの手によってラルタークの元から「奪還」された強化人間である。

・彼女は強化人間特有の精神的不安定さはほぼない。年少者の倫理観や常識を排除し、戦闘に特化させることで安定させると言う技術は彼女の調整によって完成された技術だと、ラルタークは言っていた。

・したがって、彼女は軍などの規律的な組織には適応できず、フタバの妹と言う身分でヤシマ家で居候をしながらジュニアハイスクールに通っている。当然、鬼提督コウゾウ=ヤシマは猫かわいがりしているらしい。そして本質的にはリョウも同じだ。

・もっとも、セイジだけは彼女と喧嘩友達であるだ。押せばそのまま倒れてしまいそうなフタバと違い、軽く頭を叩けば全力で蹴り返してくるようなミカはセイジにとっては大切にする対象にはならないようだ。

・「リョウ。リョウってば、きいてよ。おねぇちゃんが、気持ち悪がってるよ。それにあたしもなんだか気持ち悪いよ、ザラザラするんだ」

宇宙歴0099.06.25 PM11:00。朝鮮半島南端部沖。

・クルーザーが海面に浮き、そこではノイーマ=イプセンが誘導灯を振っていた。シース=グリムは当然船室だ。

・着水するミディア。ティモシーの話では仲間と合流するためだと言う。

・通信でセイジにオキナワに隠してあるMSと引き換えに身の安全を保障させるシース=グリム。先の作戦は正統ネオジオンの依頼で、正統ネオジオンがこちらを援護しなかった以上、これから先まで付き合う必要はなくセイジらに敵対しないという。

・奪われたMSを好きなように利用され、苦笑するアルフレート。

・シースの言うことは信用できないセイジ。しかし、追撃にはMSが必要であるため、やむなく承諾する。

・ミディアに着艦するヤタガミ。セイジの指示により、アリス、シン、ヤタガミ、そして合流するルミナでハウンド隊を追跡することになる。キュウシュウ地区経由でオキナワ特別区に向う。ヤタガミはそれがアルカード=シアニスの入れ知恵であることを知っている。

・シース隊はヤタガミと入れ替わりでセイジの下に向う。アルフレートは少女の遺体をともない、それに同行する。ギガンテスの、核のあるところに、あの人はいる。なぜ、あの人はあんなことをしているのか、正統ネオジオンとはなんなのか、それを知りたいと思う。

・セイジはアルカード=シアニスから送られたレポートを、ぎゅっと握る。「アルカードという男の感じ方が、少しラルタークに似ている…嫌な感じだ。でも、今はルミナさんを信じるしかないか。」

宇宙歴0099.06.26 AM05:51。オキナワ。

・アルカード=シアニスとテツヤ=カワムラが到着。

・アリスらのMSを調整するための整備場で準備をはじめるテツヤ=カワムラ。

・アルカード=シアニスはレヴィン=レイクサイドの位置を確認し、連絡をいれる。

・「まず、キュウシュウに向ってください。アリスがハウンドに追いつく前に合流していただきたいですからね」


第3章その3 : 悪巧みする工兵 evil design engineer

宇宙歴0088.06.26 AM06:09。キュウシュウ地区。

・シン=チャン=リンコによるミディアには無謀とも言える飛行を続け、ハウンド隊を補足するアリス隊。

・出撃するアリスのMk−IVとシンのストライクワイバーン。ボロボロの両機では無理だと止めるヤタガミ。

・しかし、出撃するアリスとシン。相手はGM−IIIの部隊。

・当然アリスのMk−IVは実力の4分の1も出せず苦戦する。

・さらに、南から飛んでくるハウンドのZIIにシンのストライクワイバーンもついに撃破される。

宇宙歴0088.06.26 AM06:13。キュウシュウ地区。

・あわや返り討ちかと言うところで、大気圏突入シャトルが突っ込んでくる。

・しかもその背には巨大な砲塔がついている。いや、それは砲塔ではなかった。

・砲塔に見えたそれは、ミサイル一斉射とメガランチャーで瞬く間にGM−III部隊を蹴散らす。ルミナ登場。

・「スノーブライト!久しぶりだねぇ。今度はわたしの敵ってことかい…覚悟はできてるんだろうね!!」

・「アンタと正面からやりあう程勇敢ではない。将を射んとすれば、まずなんとやら」

・危ういところで攻撃を避けるZII。さらにZIIはシャトルを撃破する。容赦なく打ち抜かれるコクピット。

・シャトルは墜落し、砲塔のようなFAZZは所詮重力下では機動力はなきに等しく、肝心のコクーンはZIIに回収されてしまう。

・「あ、あんた生きてたんだ。よかったわねぇ」レヴィン負傷。

・ルミナおよびレヴィン合流。ミディアに乗り込み、オキナワに向う。

宇宙歴0088.06.26 AM11:22。黄河河口。

・アルフレートおよびシース隊を迎え入れるセイジ。

・少女の遺体をみたセイジは彼女がミカと同じ系統の技術で強化されていたことに気付く。

・リョウに連絡しようとするセイジ。しかし、通信がつながった途端、聞こえてきたのはタイユワン基地が正統ネオジオンに乗っ取られたとの知らせだった。

・さらにリョウから、ネオジオンは香港または台湾を攻撃しに出撃するらしいことが報告される。

・セイジは台湾は教導団一個大隊に守らせるように指示し、自分たちは香港に向うことにする。アルフレートもそれに同意。

・シース隊は条件次第では台湾防衛を手伝ってもよいという。多少の不信を抱きながらも、承諾するセイジ。

宇宙歴0088.06.26 PM01:00。オキナワ市臨海市場付近港湾部。

・着水するミディア。出迎えるテツヤ=カワムラとアルカード=シアニス。

・アルカードらが用意した整備場にはガンダムMk−IVの換装用装甲板と量産型Mk−V、リファインMk−IIがある。

・量産型Mk−V、リファインMk−IIはシース隊から、装甲板はマリア=エセルバートから調達したと言う。

・「やけに手回しがいいわねぇ」少し、不信をもつルミナ。

・「誉め言葉と取っておきますよ」流す、アルカード。

・アルカードはハウンド達が明日に打ち上げ予定であることを告げ、それまでにMSを仕上げることを約束し、パイロットたちを休ませる。

・腕を振り回し、嬉しそうに機体に向うカワムラにアリスは何かを頼む。

宇宙歴0088.06.26 PM09:03。オキナワ市海浜公園。

・ルミナに呼び出されるアルカード。

・「マリーの様子じゃ、イオタのMSOS、プロトシータのわたしのデータなんでしょう?」微笑を浮かべながら問うルミナ=ラミナ。

・「お見通し、ですか」平静な、アルカード=シアニス。

・「アルファ部隊の噂は聞いているわ。なんでも自我つきのMSOSでったそうね。名前がALICEなのも偶然じゃないんでしょう?」ルミナは、あくまで優雅にそして、怜悧に。

・「さぁ、なんのことやら」動じない、飄々としたアルカード。

・「シラを切るつもり?…まぁ、いいわ。でもねADVANCED=EXAMをアナハイムに持ち込んだのはでしょう。」海に向かい、風を浴びながら問うルミナ。

・「どうして、それを?」ピクリと反応するアルカード。

・「ノーコメントよ。ともかく、あのOS、似てたわ。嫌なぐらいね。それにわたしの癖も入っていたわ」再び妖艶に振り向くルミナ。流れる髪が悪魔のように美しい。

・「…ペズンに行かれたんですか?」反応をうかがうアルカード。

・「ノーコメントよ」相変わらず微笑が崩れないルミナ。

・アルカードと別れた後、一人波打ち際で風に吹かれるルミナ。

・「アリス=ジェファーソン。利用されつづける、馬鹿な男…。」冷酷だが、すこし悲しげな眼差し。

宇宙歴0088.06.27 AM05:00。タネガシマ近海。

・MSハンガーでアリスが作戦の説明する。

・「オレがMk−IV、副長がリファインMk−II、ヒジがフルアーマMk−III、アルが量産型Mk−V、ルミナがFAZZ。それでオレと副長が突っ込む。アルとヒジが中衛。ルミナがバックアップ。以上」

・ヤタガミとアルカードが冷たい目で見る。

・「わ、わかったよ。ルミナ、作戦の説明を頼む」

・てきぱきと説明するルミナ。

・「作戦の要はわらしのハンサムボーイよ」

・作戦はFAZZによるシャトルの強行確保。

・シャトルを爆発させることは許されない。アスタロトが大気中に飛散してしまうからだ。

・ハウンド隊にシャトルを打ち上げさせても当然アウト。

・シンのリファインMk−II(ウェーブシューターモード)とアリスのMk−IV(Mk−IIに搭載)が先行。

・ルミナは超長距離から、発射施設を狙撃後前進。アルカード、ヒジリはその護衛。

・FAZZが到着するまで、飛行させないようにするのが先行隊の役目。

・「以上よ。GoodLuck!!」


第3章その4 : 凱旋する愚連隊 triumphal hooligans

宇宙歴0088.06.27 AM06:48。タネガシマ打ち上げ施設前。

・ミディアで強襲をかけるアリス隊。ハウンド隊の宇宙脱出を阻止するべく、シャトルの打ち上げ現場に踏み込む。

・先行隊として突撃するアリスのMk−IVとシンのリファインMk−II。

・リファインMk−IIはバックウエポンシステムと呼ばれる簡易Gディフェンサーを装備することでウェーブシューターモードで運用することが出来る。大気圏内用に調整された高速戦闘機はMk−Vのサブフライトシステムとして一気に敵陣に乗り込む。

・打ち上げ施設の周囲には3小隊ものGMIIIが控えており、ミサイルの一斉射撃を受けるが、信じがたい反射と軌道で回避していくシンのウェーブシューター。

・血を吐くアリス。「Gがキツい!殺す気か!!」

・ウェーブシューターに搭載されたダブルロングライフルが火を吹くが悉く外れていく。「やはり、シンは実弾じゃないとだめだな」毒づくアリス。「仕方がない。オレが前に出る」

・言うなり、身を躍らせるMk−IV。片手にライフル、片手にサーベル、背面に巨大なシールド、肩にはキャノン、もう一方にはインコムユニット。

・的確なライフルで瞬く間に一体のGMを撃破するが、集中砲火を浴びるMk−IV。しかし、それより一瞬早く背中のシールドに内蔵されたブースターがMk−IVを強引に移動させる。また血を吐くアリス。

・直線的なMk−IVに動きに次第に合わせられるようになるGM−III。しかし、突如Mk−IVの動きが変化する。背中のシールドを脚部に付け替え、脚部の自由度を使い動きをコントロールしている。

・「凄いな、流石は新型だな!こんな推力を脚関節にかけても、一切構造劣化が起きないとはな!」言いながらキャノンを連続発射。新たにGMを血祭りに上げる。

・アリスとシンがGM部隊を引きつけるタイミングを図り、トリガに指をかけるルミナ=ラミナ。

宇宙歴0088.06.27 AM06:50。香港。

・リョウの指揮の下、迎撃の用意をする連邦軍基地。

・「セイジにはこいつを届ける。ミカ、頼めるな」ミカに言って聞かせるリョウ。嬉しそうにうなずくミカ。

・「いいんですか、少佐?…言ってはなんですがこんな少女に…」副官は心配そうだ。

・「非常時だ、仕方がない。ミカ以上にGに耐えられるパイロットはここにはいないだろう」済まなそうに肩をすくめるリョウ。それは本心か、自分でも判らない。

・「ですが…」なおも、職務に忠実な副官。

・リョウはここにはいないセイジに呟く。これからの戦い、GMIIIでは戦力として心もとなさ過ぎる。自分は効率のために人道を捨てているのかもしれない、と。

・ロケットブースターをつけたプロトタイプZZのAパーツが射出される。

・MSのデッキに佇む少女がいる。

・「セイジ…そこは危ない…今助けてあげるから」

同刻。台湾。

・「隊長、本当に宜しいのですか」尋ねるティモシー=フランダース。

・「そうだ、ここが面倒くさくない」答えるシース=グリム。

・シース=グリムは正統ネオジオンが台湾に来ないことを確信しているかのようようだ。

・そしてそこには、ノイーマ=イプセンとレナム=ローンガルはいない。

宇宙歴0088.06.27 AM06:53。タネガシマ打ち上げ施設。

・発射まで、あと7分。戦線を貫くメガ粒子の大槍。閃光が煌いた一瞬のちに、爆発する打ち上げ施設。

・寸分の狂いもなく制御センターだけを打ち抜く。

・FAMk−IIIと量産型Mk−IVともない進むFAZZ。UC0088では最大クラスのスーパーヘビー級一個小隊。その進む先を遮れるものはいない。しかし、速度は上がらない。

・一方アリスもじりじりと押すが、潜んでいたハウンドのZIIが率いるギャプラン隊が側面を突く。

・シンのリファインMk−IIが援護するも、アリスのMk−IVは集中砲火を受け、キャノンとライフルを失う。

・静かに吼えるハウンド「大したことはないなアリス=ジェファーソン。セイジも大した人材が使えないようだな」

・FAZZ達と合流できない、インコムとサーベルだけのMk−IVに降伏勧告するハウンド。

・自由に動けなくなったMk−IVとR

・Mk−IIのおかげでGM隊が盛大にミサイルをばら撒き、FAZZ達の速度が落ちる。

・発射まで、あと3分。

・量産型Mk−Vのアルカードが仕掛けておいたウイルスを起動させ、シャトルのオート発進機能を狂わせるが、シャトルのパイロットが手動に切り替え、シャトルは止められない。

・「手動だと、馬鹿な!」珍しく焦るアルカード=シアニス。

・「コンピュータに頼り過ぎてるからだよ」毒付くヒジリ=ヤタガミ。

・「勝ったな、この戦い」スノーブライトと名乗ったその男は勝利を確信する。

・しかし、アリス=ジェファーソンを相手に、そう安心するのはまだ早かった。シールドを単独で飛行させ、ハウンドのZIIを狙う。

・当然、余裕を持って避けられるが、シールドはフェイク。それに括りつけられたインコムからZIIを狙撃する。

・しかし、インコムのビームガンではZIIを落しきれない。

・「焦らせる…しかし、ここまで!」ハウンドはメガビームライフルをMk−IVに向ける。

・にやりと笑う、アリス「インコムのビームガンは囮なんだよ!!」カワムラに頼んだインコムリールの強化の結果、凄まじい勢いで引き戻されるインコムと、それでくくられたシールド。

・引き戻されたシールドがZIIの背面を強打し、地面に引きずり落す。そして、突き立てられるビームサーベル。

・ZII撃破。ハウンド重傷。

・それまで押していた連邦軍も指揮官の喪失により足並みが崩れる。

・一気に肉薄するFAZZ達。

宇宙歴0088.06.27 AM07:00。シャトルの発射現場。

・管制塔もなく、コンピュータサポートもなく、無理に飛び立つシャトル。

・量産型Mk−VとFAMk−IIIがシャトルの羽を狙撃。

・R・Mk−IIがMk−IVとを空中に「ほうりなげ」、Mk−IVはアムロ張りの格納庫切断を敢行。しかし、アムロほどには決まらない。落下すする格納庫。

・四散すると、アスタロトは大気に散らばる。

・ブースターを全開し、落下してくる40m四方もある格納庫の下に廻りこみ、これおを受け止めるFAZZ。

・陸戦仕様でないFAZZは衝撃で、脚部が断裂し、爆発する。しかし、ルミナはなんとかバランスを保ち、それを耐え切る。

・「作戦、オールオーバー!アスタロト奪還だ」アリス隊長は高らかに、そう宣言した。


第4章その1 : 悪夢からの帰還兵 waked from a nightmare repatriated soldier

宇宙歴0088.06.27 AM09:05。香港。

・セイジ=ヤシマの先走りを心配するリョウ=イチノセ。

・副官が駆け込んで来る。フタバがいなくなり、リョウのギャプランがなくなっていると言う。

・頭を抱えるリョウ=イチノセ。慌ててセイジに連絡しようとするが、繋がらない。

・「ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されていると言うことか。まずいな、早く場所の特定を急がなくてはならないな。」

宇宙歴0088.06.27 AM09:52。長江河口付近。

・セイジ隊はネオ・ジオンのスペースウルフ隊の補給部隊と合流。

・補給部隊はこのあと宇宙に戻ると言う。

・アルフレート=クロイツがネオ・ジオン経由で陸戦用ザクIII改を入手。

・補給部隊から、正統ネオ・ジオンが上陸後、スペースウルフ隊のベースに接触したことを知る。

・アリス隊にこれから正統ネオ・ジオンを追うことを伝えるセイジ=ヤシマ少佐。

宇宙歴0088.06.27 AM10:32。タネガシマ宇宙センター。

・知らせを聞いたアリス=ジェファーソンは傭兵の信義としてセイジ隊を援護しにいけないかと尋ねる。

・ルミナ=ラミナは、距離と時間から、間に合わないだろうと言う。

・ヒジリ=ヤタガミも不本意ながら同意。

・アルカード=シアニスは、一つ方法があると薄く笑う。

・嫌な予感がして、あまり無茶は言うなと言うレヴィン=レイクサイド。

・シン=チャン=リンコは特に何も言わない。恐らく何も考えていない。

・アリスに促され、説明するアルカード。

・「大気圏内にいるから超高速移動ができないのです。一旦大気圏上層部まで上昇してからそこからMSのみを投下すればいいんです。幸い、MSを運搬できるシャトルも打ち上げ施設もパイロットも、そして管制塔代わりのナビゲータもここにいるのですから」

・「無茶を言うな!」思わず文句を言うレヴィン。

・「問題ないですよ。我に策あり、です」動じないアルカード=シアニス。

・しかし、シンは早くも自分がシャトルを操縦する気満々だった。

宇宙歴0088.06.27 AM11:23。長江河口流域。

・潜航するザクマリナー。それに乗り込むレナム=ローンガル。

・それは一体のMSを曳航している。そのMSに乗るのはノイーマ=イプセン。

・「レナム、急ぐんだ。隊長の話だと恩を売る絶好の機会なのだからな」

宇宙歴0088.06.27 PM01:01。長江河口流域。

・周囲を完全に包囲されたセイジのGM−IIIとアルフレートの陸戦ザクIII改。

・スペースウルフ隊のベースは囮であり、二人はまんまと罠にかかったと言うわけだ。

・周囲を包囲するのはガルスJとズサの部隊。

・ミサイルの一斉射撃を何とかやり過ごすが、セイジとアルフレートはじりじりと圧されていく。

・川べりから現れるハンマハンマとザクマリナー。

・「ふはははは、私、そうこの私ノイーマ=イプセンが助けに来たやったのですぞ!一生恩にきてくれ給え!」

・「アハハ、タイチョーがいないと、ノイーマさんって言葉遣い悪よね」

・「五月蝿い。それが大人の処世術というものだ」

・重力下では思いのほか弱いハンマハンマ。「じゅ、重力下では腕が伸ばせないとは!!」

・陸に上がると大した事がないザクマリナー。「アハハハハ。ま、こんなものでしょうね」

・「お前ら…、何しにきたんだよ…」思わず呟くアルフレート。

・さらに飛来するメガゼータのAパーツ。当然、たいした役には立たない。

・「ミカか!まったくリョウは!考えてることは判らないでもないけど、無茶が過ぎる!!」とセイジ。

・いよいよ最期か、というところで飛来するギャプラン。

・「セイジ!今度は私が!!」それに乗るのは強化人間フタバ=ムラサメ。

・彼女の活躍で、なんとかセイジとアルフレートは川べりに辿り着く。

・もっとも、GM−IIIとハンマハンマは既にほぼ大破しており、投棄せざるを得なかった。

・一行は、ザクマリナーに先導されて川から逃げる。

宇宙歴0088.06.27 PM02:23。タネガシマ宇宙センター。

・打ち上げられるシャトル。パイロットはシン。ナビゲータはアルカード。

・レヴィンのシャトルはFAZZ用のコンテナとFAMK−IIIを積載していた空間があったため、MSは2体まで積載できた。FAZZ用のコンテナは専用なので別な機体は無理だが、FAMK−IIIは同じ形式のMSなら積載できるため、Mk−IVを積載した。

・Mk−IVの中で、アルカードの説明を思い出すアリス。

・「強襲降下をするには、Mk−IVが最適です。Mk−IVのブースターシールドは一見Mk−IVのものと同系列ですが、本質的にはMk−IIのフライングアーマーを発展させたものであり、超々高度での自由な機動と単機での大気圏突入能力をもちます。」とはアルカードの台詞。

・FAZZは積載されているが、アスタロト入りのコンテナを受け止めたせいで脚部ユニットは損壊寸前であり、さらに大気圏内での使用が想定されていないらしいメガバズーカランチャーは自分の発熱などにより各部に無理が来ておりあと一回程度しかつかえないため、MS戦では実戦力とは扱い難い。

・また、積載量の問題で他にMSは積載できず、レヴィンとヒジリはミディアでゆっくり移動するしかない。

・つまるところ、MS戦力はアリスだけなのだ。アリスは自分に言い聞かせるように小さく呟く。「面白くなってきたということにしておくさ。今度は自分のミスで戦線を崩し、上官を殺すようなことはしない」

・「8年前の悪夢、ここで断ち切らせてもらう。このガンダムでな」


第4章その2 : 舞い降りる降下兵 swoop down paratrooper

・中国の平地を進むギガンテスとドーベンウルフ4機。それに守られるザクタンカー。

・来るなら来い、自分を止めて見せろ。ギガンテスのパイロットはそう嘯く。

・フタバを打とうとするセイジ。

・しかし、出来ずに抱きしめる。

・その後、MS戦の影響でショック状態となり、気を失うフタバ。

・ノイーマ、尊大に本当の集結地を教える。

・正統ネオ・ジオンの狙いは、チベットのラサ。

・そこはジャブロー壊滅後に連邦軍の高官が多数逃げ込んでいる場所だからである。

・本当は見逃してもよかったんだけどね、とレナム。

・集結地は遠い。しかし、敵も少数、防げる目処はある。

・一人メガゼータのAパーツに乗り込むセイジ。

・「大丈夫。きっとくるさ、そのためにこれを送ってくれたんだからね、あいつは」

・ラサへの核攻撃が可能な地点は既に算定されている。

・そこまで核を運ぶのがギガンテスの役目だ。

・ところで、本当にギガンテスを用いて核兵器を運用できるのであろうか。

・シャトルは一旦外気圏まで出る。

・何かに気付くアルカード。

・それはシースからの「特別サービス」だった。

・それをもとに、降下点を設定するアルカード。

・かなり無茶なルートだが、シンは気にしない。

・大気圏再突入の前に、Mk−IVの射出を準備する。

・静かに時を待つアリス。

・「アリス、降下後4分で戦線に到着します。幸運を」アルカードの淡々とした声。

・「まかせとけって」軽口を叩くアリス。若干の緊張はある。しかし、その体は完全な臨戦体勢。

・シャトルのコンテナーが開き、Mk−IVが投下される。

・シールドを体の下にして、大気圏突入コースを取るアリス。

・「勝負だ、ライア!」

・ドーベンウルフのパイロットの一人が、ライアにギガンテスより新型MSザクIV=ドーガを使った方がよいのではないかと尋ねる。

・静かに首を振り、自分がギガンテスに乗っていなければ、策を見抜かれる恐れがあるという。

・囮に引っかかった連邦の間抜けや、香港や台湾の防衛に走った腰抜けは、ここまで来ないですよ。

・そう言って笑うウルフのパイロット。

・「そうでもないさ。やつらはきっと来る」

・香港では、既にリョウはシース=グリムからの情報を受けていた。

・情報は、正統ネオ

・ジオンの集結地と狙いについて。

・やはり、一人でBパーツに乗り込むリョウ。

・「大丈夫。きっとくるさ、そのためにあれを送ってくおいたんだからね、あいつに」

・「目標地点に、熱源反応!」ウルフのパイロットが告げる。

・ギガンテスらが目指していた地点に佇む一気のMS。

・「お互い、8年前から進歩してないよなぁ!ライア…いや、ビグロのパイロット!!」

・「あれは…ガンダム!」

・ブースターを全開にし、一気にギガンテスに切りかかる。

・紙一重で交わし、アトミックバズーカで横殴りにするギガンテス。

・バックステップで回避するガンダム。

・「バズーカで横殴りとは、無茶をする!」

・「なぁに、一個中隊規模のこの部隊を一機で支えようとする君ほどじゃぁない」

・「昔から、無理無体は俺たちの得意技さ…それに、一人じゃない!」

・上空からの超高出力のメガ粒子の奔流がザクタンカーとその脇に控えていたドーベンウルフ2体を巻き込む。

・不自然なほどに周囲に飛び散るメガ粒子。

・上空から現れたのは、シャトルに下半身を固定したFAZZ。

・しかし、爆炎が納まった後に、多少の傷はつきながらも悠然と姿を見せるザクタンカー。

・流石に後部のコンテナの一部がはがれ、その下から現れたのは巨大な列車砲と大型のMS。

・大型MSは試作中のクインマンサであった。その両肩のメガ粒子偏向器がHMBを凌いだのだ。

・クインマンサは上半身だけだが、おびただしいビームキャノンを装備し、Mk−IVに向って乱射。

・慌ててバックするMk−IV。

・列車砲を見て叫ぶアルカード。「あれで核を発射するつもりか!」

・巨大な砲塔により高速で打ち出される核はアンチミサイルミサイルなどでも迎撃は難しい。

・砲は発射させてはならない。

・しかし、妨害側は実質Mk−IV1機のみ。ギガンテスの援護をしようとするドーベンウルフ。

・しかし、ウルフの背後からそれぞれ攻撃が飛んでくる。何者かと振り向くウルフ隊。

・飛来するのは2機の戦闘機。

・「いくぞ、リョウ!」「おう、セイジ!」

・2機の戦闘機はプロトタイプZZガンダムへと合体変形する。「「G−フォーメンション!!」」

・「連邦軍教導団所属セイジ=ヤシマとリョウ=イチノセだ。これ以上、地球を荒らさせはしない!」


第4章その3 : 誇り高き古参兵 prideful old soldier

・戦場に舞い降り、重装異形のガンダム。

・それは改装されたプロトタイプダブルゼータ。その名はメガゼータ。

・「セイジ、あの未完成のMSにはミカと同じ類のパイロットがいるぞ!」

・目を閉じたまま、呼びかけるリョウ。

・「分っている、でも」

・前を向いたまま、答えるセイジ。

・キャノンとライフルの二重奏。

・「「まずは前座を片付ける!」」

・唱和する叫び。

・突き刺さる三条の光の矢。

・その輝きを受けたドーベンウルフは大爆発する。

・瞬く間にドーベンウルフ2体を叩き伏せるメガゼータ。

・必殺のハイメガキャノンをやり過ごされたことに、舌打ちをするルミナ=ラミナ。

・「メガ粒子偏向器…完成していたのね」

・「ちぃ、まずはあの未完成のデカブツを叩き潰す」アリス、叫びながらクインマンサに攻撃。

・しかし、ライフルは通用しない。

・「馬鹿ね、アリス。あれにはビーム兵器は通じないわ」ルミナの落ち着いた声がアリスを押さえる。

・「私に策あり、よ」

・迷わずクインマンサに攻撃したアリスに叱責するセイジ。

・「やめろ、アリス!そのパイロットは殺しちゃ駄目だ!」

・アリスは逆らう。「うるさいんだよ!やらなきゃやられるだろうが!」

・ルミナも同意見。

・「私を降ろしなさい、私のハンサムボーイは普通のFAZZとは違うわ」自信に満ちた声、そして、

・「私なら、あのMSを殺れるわ」甘美な快感に酔いしれたような、陶酔し切った声で呟くルミナ。

・ロックが外され、地表に落下するFAZZ。

・「まさか、きみは?」投下されたFAZZに問うライア。

・「私は、私よ。地球圏で生きるために泥を啜ったわ。あんたみたいに弱くないのよ」

・ルミナ=ラミナはそう答えた。

・「そうか、つよいな、君は。しかし、私は引けないんだ。先に死んでいった幾百の仲間が、私が軍人であることを止めることを許しはしない」

・「馬鹿な男…」

・FAZZ、着地。脚がおれ、ひざをつく。しかし、その気迫は怯むどころか、他の全てを圧倒する。

・ルミナがしとめる前に、とクインマンサに接近するメガゼータ。

・「やめるんだ。君を助けたい!」クインマンサにむかい、叫ぶセイジ。

・セイジの声がパイロットを苛む。

・「お前は利用されているだけなんだ、そのマシンから降りるんだ!」リョウも訴えかける。

・パイロットにはそれは非常な痛みとなる。

・「ざらざるする奴ら!…みんな、死んじゃぇぇ!」

・全身からビームを迸らせるクインマンサ。飛びのき、紙一重で交わす目がゼータ。

・しかし、入れ替わるように前に出る一体のMS

・「FAZZにそんなビームなど!」いっきにブースターで前進するルミナ。

・アーマーを展開すると、ミサイル発射装置が現れる。

・「メガ粒子偏向器じゃあ、ミサイルは防げないでしょうね、おじょうちゃん!」

・至近距離でのミサイルの一斉発射。ミサイルは全てクインマンサに直進する。避けられない。

・大爆発。

・しかし、爆発したのはギガンテスだった。

・クインマンサを庇い、機体を盾にしたのだった。

・ギガンテスは中破するも、FAZZは無理な運用で機能を停止する。

・「ちっ、つまんない終わり方ね」余計な危険を回避すべく、さっさと脱出するルミナ。

・「なんでそんなに甘いんだ!なんでそんなに人をいたわれるのにこんな戦いをする!」アリス絶叫。

・アリス、絶叫しながら中破したライアのギガンテスに迫る。

・アリスのサーベルが、ギガンテスの片腕をきりとばす。

・ちょうどそちらに持っていたアトミックバズーカが落ちる。

・しかし、ライアは怯むどころか逆に向ってくる。

・「それは私が軍人だからだ!軍人は命令を聞かねばならない!与えられた任務を果たさねばならない!そこに自分の考えを入れてはならない。!軍人は文民に統制されねばならない!さもなければ、弱肉強食の、軍部が暴走する時代がまた来ることになる!自分のしたいようにする、そんなことは軍人には許されない!ただ、与えられた環境の中で自分の思う最善を尽くす!例え作戦で毒ガスを巻こうと核を撃とうが私は恥じない!それが軍人だ!だからこそ私はガンダムエース、お前を敵視する!文民の指揮に従わず、自分のやりたいようにやるお前を!だからエセルバート隊を敵視する!軍の指揮下にありながら、軍に従いきらないで動くお前たちを!」

・気迫で押されるアリスのMk−IV。

・ギガンテスの腕に仕込まれたハイパービームサーベルがガンダムに迫る。

・「ここまでだ!エセルバート隊のガンダムエースこんどこそ、私の勝ちだ!」

・「詰めが甘い。相変わらず、な!」

・シンが死角から突撃する。シャトルは狙い過たず、ギガンテスに突き刺さる。

・横から横転するギガンテス。

・アリス、攻撃。

・ギガンテスに深々と突き刺さる、アリスのMk−IVが握るサーベル。

・「きみは、私のようにはなるな。…自分の良心を信じろ」ライアの通信。

・「もし、オレにもっと力があればオマエを殺さずに済んだかもしれねぇ。

もし、オレにもっと力があればオマエをこっち側に引っ張りこめたかもしれねぇ。

もし、オレにもっと力があればオマエは苦しまなかったかもしれねぇ。

オマエは硬すぎた。

オマエは古すぎた。

そしてオマエはやりすぎた。

許せとも分れとも言わねぇ。

…もう眠りな」

・誘爆し、吹き飛ぶギガンテス。

・ギガンテスの破壊と共に、動きを止めるクインマンサ。

・セイジはクインマンサに取り付き、パイロットを助ける。

・そのパイロットはやはり少女であり、先のパイロットとまったく同じ顔をしていた。

・強化され、無理に知覚を広げられた彼女は、もはや普通の生活は出来ないだろう。

・「人を…人の命をなんだと思っているんだ…、俺は、何のために!」うめく、セイジ。

・セイジの肩に手をおき、首を振るリョウ。

・「だから、俺たちは戦うのを止めないんだ。これ以上、俺たちみたいな犠牲者が増えないように」

・頷き、彼女を連れてコクピットに戻るセイジ。

・そのセイジから逃げるように機体の陰に向うリョウ。

・陰の中で一人、崩れ落ちるリョウ。

・「これで、またこの身の限界も近づいたな…」

・「例え安静にしたとしても、あと3年も、持ちはしまいな」苦笑するリョウ。

・その顔に浮かぶのは、満足げな表情と、隠し様のない死相。

・しばらくして、SFSで駆けつけるアルフレート。

・しかし戦いは終わっていた。「間に合わなかったか…」

・セイジと暫らく交渉し、ネオジオンの残骸を調査する。

・「こ、これは…」

・残されていたのは、クインマンサの下に隠された、いつでも使用できる状態のザクIVだった。

・「少佐は、なぜ…」

・ふと振り返ると、列車砲から核弾頭を取り出しているメガゼータの姿が見える。

・一瞬にして、アルフレートは自分がなにをしているのか分らなくなった。

・ただ、少佐の最期の任務を受け継ぐのは自分だ。自分でなくてはならない。

・そんな気がした。

・ふと気がついたとき、彼はザクIVに乗り込んでいた。

・ゴゥン。軽い起動音と共に、トレーラのハッチをこじ開け、起き上がるザクIV。

・「核はネオ・ジオンが回収させてもらう」

・静かに、しかしきっぱりと言う。

・驚いたのはセイジだった。

・「そんな条件、呑める訳がないでしょう?」そういうのが精一杯であった。

・彼には、アルフレートが何を考えているか分ってしまったから、その驚きを隠せなかったのだ。

・アルフレートは、いま、セイジの機体が抱えている、核を奪うつもりなのだ。

・「なんのために、なんのためにです!」

・セイジは問う。

・しかし帰ってきたのは、空しいまでに短い台詞だった。

・「意地だ」

・「そんなもののために、どうして!」じり、と、後ろに下がるセイジのメガゼータ。

・メガゼータに、リョウは乗っていない。メガゼータは一人では力を発揮し難い。焦るセイジ。

・「さてな。どうしても、だめか?」ずい、と、前にでるザクIVのアルフレート。

・「だめです」腹を決め、足を止めるセイジ。

・「では、力ずくだ。このザクIVでな!」言うが早いか、機体を一気に最大戦速にたたき上げる。

・サーベルをとりいだし、信じがたい速度で襲いくる、ザクIV。

・しかし、そのサーベルがセイジに届く前に、二機の中に割って入った影がある。

・それは、白いMS。

・それは、ガンダム。

・ガンダムMk−IV。

・「やっぱり、こうなったな。アリス=ジェファーソン!」

・「あぁ、そうだな。アルフレート=クロイツ!」

・向い合う、ガンダムMk−IVとザクIV。

・それは、戦略的な意味も、戦術的な意義もない、ただ意地のぶつかりあいだった。

・お互いにシールドを失い、ライフルも弾がつき、内装兵器も失われる。

・そして…


第4章その4 : ガンダムを見張る者 Gundam Sentinel

あれから2ヶ月が過ぎた。

ネオジオンは本格的に地球降下作戦を開始し、それと共に内部の不協和音は大きく鳴り響き始め徐々にネオジオン崩壊の序曲の演奏が始まっていた。

連邦軍は相変わらずに事なかれ主義であり、この後、連邦政府の意向に従いネオジオンに対する譲歩と市民の見殺しを行なうことになる。

エゥーゴはほぼ三々五々に戦力が分散し、うやむやの内に消滅することになる。

結局、何も代わらないどころか時代は混迷の一途を辿ることになる。

この傾向は彼のシャア=アズナブルが宇宙世紀の地球圏の人々の業を背負い立ち、アムロ=レイがそれを押し返すまで続くこととなる。この後、地球圏全土を巻き込む戦いはほとんど起きてはいない。

もちろん、あちこちで紛争の種が尽きることは決してないのだが。

月面都市フォン=ブラウンでマリア=エセルバートは静かにファイルを閉じ、物憂げに頭上の地球を見上げた。

先ほどまで資料をまとめてくれていたレヴィン=レイクサイドは既に机に倒れ伏し、苦しげな表情でまどろんでいる。マリアは微笑みながら彼にカーディガンをかける。今回、彼には地球行きを頼み、無理をさせてしまった。もっとも、無理をさせるのはいつものような気もするが。そこまで考えたところで、マリアは思考を打ち切った。今夜はもう遅く、頭も回らないため、自分も仮眠室で寝入ることを決め込み、扉の奥に消える。

事務所にある、マリアが先ほど閉じたファイルだけが取り残される。そのファイルはReport of Gundam Sentinelと題されていた。すなわち、それはガンダムタイプを監視することを目的とした作戦の提案書だった。

ガンダムタイプはある種のステータスである。

連邦に関したMS設計で予算を確保したいならば顔をガンダムにするべきだ、などの格言すらある。

この結果、ガンダムタイプには無理な設計や無茶な要望あるいは無謀な要望の末に作成されたものが多い。

したがって、当然その実力が完全に発揮されることは少ない。

しかし、上手くその実力を引き出すことが出来さえすれば史上にも残ることとなる。

いうなれば、RX−78−2、MSZ−006、MSZ−010などがそれだ。

翻ってみると、今回の騒動における大量のガンダムタイプのMSは、残念ながら史上に残れないもののようだ。

しかし、先にあげた3体は当然としても、今回のガンダムタイプですら通常のMSを遥かに超えた水準を誇る。

これは、地球圏の安定にその身を捧げるセイジにとって、極めて憂慮すべき事柄である。

この問題に対処するために、セイジはマリアにある計画の骨子を作るよう依頼した。

セイジが依頼し、マリアが立案したその作戦が、先ほど彼女が閉じたファイルに納められたものだ。

それには、連邦軍、アナハイムエレクトロニクス、ジオン系残党軍、その他、幾多のMSを所有可能そうな勢力についての調査書がまとめられている。そして、そこでガンダムタイプの開発が行なわれているか、物流や人的交流、資金流入、その他、様々な間接的要因から調査し、監視すること目的としている。そして、それらが危険な兆候を見せた場合、他の組織にそれら情報をリークし、力の均衡を図る。

この作戦は、一組織に属することのないマリアだからこそ提案し得たものである。

しかし、あらゆる組織にて着たする可能性をもつこの計画は、一見夢想であった。そのため、当初は誰もこの計画が運用されることなど想像していなかった。

しかし、大方の予想を裏切り、この計画は実行に移された。それどころか、この計画から派生した調査機関は、少しづつ姿を変え、分かれながら長期間存続しつづけた。

なぜならば、

セイジ=ヤシマ

アルフレート=クロイツは結局ネオジオンに戻った。あの戦いの後、核弾頭は結局セイジ=ヤシマの手により連邦の管理下におかれ、ルナ2に保管された。アルフレートは敢えてそれを受け入れた。

彼は先遣隊としての手柄は、タイユワン基地を正統ネオジオンに再占拠されたことで消滅した。また、核兵器の奪還に失敗し、数多のMSも失った。これらの失態を理由に彼は失脚し、後方に下げられた。一説によれば、ハマーン派ネオジオンに、その非軍属的性質を買われ、正統ネオジオンへの密偵や、その強化人間部隊への対策要員として活用されたというが、正式の書類上では降格の上で後方要員になった、とされている。事実89年にはサイド3で治安維持を行なっている姿が目撃されている。

その後、彼はシャアの反乱の折に再び姿をあらわすが、それは、やはり、再びアリスを戦うためであった。

アリス=ジェファーソンはその後もエゥーゴのパイロットとして戦っていた。所詮、アリス=ジェファーソンの戦績にとってこの戦いは特に大きな戦いではなかったわけである。そもそも、正式に認知された戦いでもなかったため、相変わらず正式の書類上にアリス=ジェファーソンの名が乗ることはないわけである。

ただし、この戦いの以後、彼の生き方は大きく変わる事となった。

アリスはアリスなりの行き方を見出せたのだろう。

アリスの生き方には二人の消え去った軍人の影響が大きく見られた。

すなわち、ノア=エセルバートとライア=の影響である。これまでのアリスはその影に飲まれたくない一心で却って己を見失っていたのかもしれない。

今回の戦いで彼は、ようやく自分が彼らの影響下にあることを認め、その上で自分の道を行くことを選べたようにも見える。

その後、アリス=ジェファーソンは大きな戦いに何度か姿を見せることになる。

しかし、それは今までのような一勢力の雇われパイロットとしてではなく、一個の思想を持った独立勢力として一勢力に力を貸すようになったのである。もちろん、それは大勢には影響を与え得ない、ささやかな存在に過ぎなかった。しかし、その存在は微力ではあるが決して一部の人間に影響を与えたことは否定しようがない。そして、その影響を受けたものが大勢に影響することは少なからずあった。

それらはまた別の機会に述べることになるだろう。

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